一八 インテリゲンチャ論と技術論
――技術論の再検討を提案する
ブルジョア社会的な考え方によると、技術の問題は先ず第一に「技術と経済」というような形の問題として提出されるのを常とする。ここでいうのは、主に工業・農業・其他の産業技術のことであり、従って多くは工業経済・農業経済などがこの「技術と経済」問題の内容になるのだが、併しややもすると、之に一種の商業技術乃至は経営学上の技術が結びつけられる。技術という概念をこのように押し拡げるやり方を更に拡張して行けば、立法技術・行政技術・其他へまでも連なるわけで、更には創作技術其他までも持ち出されるかも知れない。処がこの素朴な仕方に於ては云うまでもなく、こうした各種の諸「技術」の間の何の一定した体統関係も殆んど全く与えられていないのであって、そこでは技術という言葉が偶々甚だ世間並みに通俗的に使われているおかげで、起こり得べき疑問がわずかに封じられているに過ぎないのだ。
之は技術という社会的範疇が、哲学的に充分に社会的範疇の資格に於て整理されていないことに原因している。元来技術というのは、それ自身ごく重大な哲学的範疇の一つなので、世間でもこの点は暗黙の裏に理解しているから、従って却って技術という範疇は終局的には既に何かお互いに判ったものであるかのように仮定されているのであり、そしてそこから社会の経済機構に就いてまでも、今云ったような極めてルーズな言葉の使い方で行なわれているわけである。
そこで第二に技術は、独り経済機構又は之に直接連なる限りの社会部面に就いてだけではなく、それ自身だけで何か一つの独自なテーマであるようなものとして、ブルジョア哲学乃至ブルジョア世界観の根本問題の一つとして、取り上げられることが極めて多い。特に最近の世界情勢のように、経済的・政治的・文化的なクリシスに臨むと、この問題の根本的な重大さが、しきりに注目されるようになる。技術の哲学や之に連関する文明論的技術論が、今日ではおのずから特別な役割を買って出てくるのである。処がこの場合の技術という概念そのものが、まだ全く、科学的に云って甚だ掴み難い形のままに残されている。恐らくここでこそ技術という範疇が最も広範に又最も根本的な点から把握されねばならぬ筈なのだが、実は却って、結局は単なる常識観念としての技術を、わずかに学殖的に荘厳にしたようなものが、この「哲学」的な技術概念に他ならない。
処で、唯物論全般にとって、技術こそ最も決定的な要点に触れた基本問題の一つであるが、最近日本で多少の展開を見せた唯物論的な技術論は、今までに少くとも二つの要点を解明したという功績を持つと見ていいだろう。第一は、広範な包括的な意味に於けるこの技術という哲学的範疇を、その一般性にも拘らず、基本的な部分から二次的な部分への階層的な体統として、分解し且つ総合したという点である。技術一般なるものは、物質的生産技術を基本的な線として、それから分枝組織として具体化されなければならぬという、一見極めて判り切った処の、併し実は従来のブルジョア的通念からはあまりその意味を注目されなかった処の、関係がここで初めてハッキリさせられたというのが、この第一の要点なのである。
第二の功績は、そうした技術と、技能・技法・乃至手法との区別を指摘した点に横たわる。プロパーな意味に於ける技術(物質的生産技術)は社会の客観的で物質的な基底のことであって、この技術に関わり合う処の労働主体の一つの特性である技能乃至それからの延長物と考えられる技法又は手法からは、一応は予め厳密に区別されねばならぬ、という点がこれなのである。
だがこのプロパーな意味に於ける、厳密なる意味に於ける、本来的な技術、技術そのもの、が何であるかに就いては、まだ必ずしも唯物論的に充分な解明が与えられているとは考えられない。
この第二の点に就いて記憶されてよいものは相川春喜氏の一論稿「最近に於ける技術論争の要点」(『社会学評論』創刊号)である。氏はここで、従来唯物論の側から提出され又討論された技術論を一応氏の見透しの下に整理したのであるが、その内、かつて私の発表した意見(『技術の哲学』〔前出〕参照)に対する根本的な批判が一脈貫いていたようにも考えられる。私の所説に見られる観念論的な足りなさや錯誤に就いては、私は氏の意見に同意する他はないと思う。でその点から云って私自身、今云った氏の論稿の価値を相当高く評価出来るのである。だがそれにも拘らず私は、氏の積極的な見解そのものに対しては相当根本的な疑問を今だに解消することが出来ない。
相川氏によれば技術とは、人間社会の物質的生産力の一定の発展段階に於ける社会的労働の物質的手段の体系以外の何ものでもあってはならない。つまり主として労働手段の体制が技術だというのである。技術という観念をこういうものとして限定するのが、唯一の唯物論的態度だというのである。事実、氏の技術的概念の凡ての規定は皆ここから出発し又は凡てここへ集中する。――恐らく世間では普通、一方技能や技法をも含めて、他方非物質的生産技術をも含めて、漫然と技術の名をつけるだろう。世間では決してこうした労働手段の体制(機械・道具・工場・交通施設・等)だけで技術になるとは考えていない。多分常識は、こうした労働手段の体制自身ではなくて、夫に基く処の何ものかを技術というイデーで云い表わしているだろう(ここでイデーというのは、分析の結果が一定に予想されている観念のことだが)。だから相川氏は、「労働手段の体制」なるものを、他の単語で云い表わす代りに正に「技術」という日常語を以って云い表わすためには、一方に於てこの言葉の常識的な意味内容が取りも直さず非科学的である所以を説明する責を取らねばならず、他方に於て氏自身のこの科学的用語によってこの常識を説得し反省を強い得るものを用意し得るのでなければならぬ。もしこの手続きを抜きにするならば、技術に就いての規定は却って、よくブルジョア科学などで愛用される「定義」のようなものに終るのであって、単に「労働手段の体制」を「技術」という学術語(?)で以て人工的に定義したに過ぎなくなるだろう。そしてそういう場合の常として、技術なら技術というテルミノロギーは、全く機械的に勝手に持ちまわられるだけで、そこから何等の真理ある発展も期待出来ないだろう。
相川氏による例の技術の定義は、マルクスの書いたものの内から選ばれてあるかのように想像される。私はまだその個処を発見しないし、又それを引用した他の人の文章も今記憶に残っていないので、果してそうかどうかは全く想像の範囲を出ないのである。――併しとに角相川氏が引用している限りでは、この定義に相当するマルクスの個処は直接には挙げられていない。
氏がここで専ら論拠としている文献はマルクスの「テヒノロギー」の説明の個処に他ならない。氏は云っている、「技術が労働手段の体制であるか否かに尚も疑義をもつものは、マルクスのこの命題(これはレーニンの『カール・マルクス』で唯物史観の解説のために前面に押出されている)の再吟味から出発すべきである」と。そしてマルクスの次の二つの命題をこの文章の前と後に引用する。第一(前の方)、「テヒノロギーは、自然に対する人間の能動的な関係、云いかえればその生活の直接生産過程を、従って又その社会的生産諸関係と夫に基く精神的諸観念の形成過程を解明するものである」(『資本論』第一巻・エンゲルス民衆版三八九頁)。――第二(後の方)、「テヒノロギーの批判的歴史――社会人間の生産的諸器官の・夫々特殊な社会組織の物質的基礎の形成史」(訳文相川)。――レーニンは之を前面に押し出したというのである。
そこで相川氏は次のように結論する、「テヒノロギーの研究対象たる技術そのものとは、要するに、『夫々特殊な』、つまり一定の歴史的発展形態に一定の、『社会の物質的基礎』である、『生産諸器官』=生産諸手段、就中労働手段に外ならない。」そしてマルクスが他の個処で「一定の社会の技術的基礎」と云っているものと、この「社会的物質的基礎」とは同一内容を示すものだというのである。
だがすぐ判るように、この結論は、もし出て来るとすれば精々マルクスのこの第二のテーゼだけからしか出て来ないもので、第一のテーゼからは却ってこの結論と正反対な結論が出て来る筈だ。と云うのは、テヒノロギーは「自然に対する人間の能動的な関係」(「生産の直接生産過程」)を対象とする。従って又「社会的生産諸関係と夫に基く精神的諸観念の形成過程」を対象とするというのだから、ここからすれば相川氏が求める技術そのものは今挙げたこの「 」の内のものでなければならぬわけだ。「人間が自然に対する能動的関係」や、それに基く限り生産諸関係のみならず精神的諸観念までの形成過程がなぜ「労働手段の体制」と考えられねばならぬのだろうか。寧ろこれは、技術なるものが労働手段の体制などとは制限されていないことを、マルクスがわざわざ説明しているかのようにしか受け取れまい。そして注意すべきは、マルクスがそのすぐ後を続けて「かかる物質的基礎を閑却するとき、宗教史さえも無批判なものになって了う」と云って、各々の場合に於ける実際生活の事情からその天国化された諸形態を展開することが、唯一の物質的で従って科学的な方法だと述べていることだ。即ち少くともここでマルクスが「物質的基礎」とか「物質的」とか云っていることは、相川氏が推論したような労働手段や何かを意味するのではなくて、単に一般的に唯物史観の出発点を指示しているに過ぎないのだ。
それから、第二のテーゼからの推論も甚だ論拠薄弱だと云わねばならぬ。「社会人間の生産的諸器官」がマルクスによって「社会組織の物質的基礎」と等置されているからと云って、この二つのものを交叉させて「労働手段」を導き出すということはテキストの読み方として可なり危険である。なぜなら一体社会人間の生産的諸器官というのが、「植物及び動物の生活のための生産器具としての器官」からのアナロジーであったのだが、もしこのアナロジーを単なる外面的な相似によるアナロジーに取れば、夫は単に前に述べた「自然に対する人間(乃至動植物)の能動的な関係」を、器官という物質のもつ能動的機能によって暗示したものに過ぎないだろう(生産器具としての器官だから労働手段を暗示するのだと云うかも知れないが、マルクスは、単なる受動的な認識器官などとしての器官ではなくて能動的な生産器官だと云いたいに過ぎない)。それから又、このアナロジーがもしもっと本質的なものであるなら、第一に社会人間の生産的諸器官(=社会の物質的基礎)なるものは、単なる労働手段体制などではなくて、もっと器官らしく器官の特色を有った(器官には神経も筋肉もあるのだ)処の何等かの物質的基礎を云い表わそうとしているに相違ない。夫をマルクスは更にハッキリと云おうとして、他の個処で「技術的基礎」という風に(吾々から見れば)同語反覆の形で説明したものと見受けられる。それだけではなく、仮に技術を動植物乃至社会人間の生産器官に本質的になぞらえたとすれば、夫はつまり、技術が単に客観主義的に(又は機械論的にでさえある)労働手段の体制などとして定義的に限定されつくせないものだということを示しているのであって、生物の器官にこそ恐らく技術なるものの歴史的起源がある、と考えられているのかも知れない。そうなれば、ここで用いられた生物的器官というアナロジーの意味は、器官という「労働手段体制」であると同時に、感覚運動的機能の主体ででもあることを指示していなくてはならぬわけだ。
だからいずれにしても、マルクスの例の二つのテーゼからは、相川氏の求める「労働手段の体制」という技術の定義は出て来ないばかりではなく、少し考えて見ると、寧ろそうした機械論的定義を否定するような結論の方がより自然に、よりレーズバールに、受け取れる。尤も私は何もマルクスの言葉にあるからとかないからとか云って、そうした文献学的な文義解釈をする心算はないのだが、少くとも相川氏がマルクスの引用から惹き出した結論に関する限り、見解は寧ろ氏とは逆の方向に傾くという点だけを云いたかったのだ。
無論相川氏はマルクスの言葉を唯一の論拠としているのではない、氏自身の考え方の体系から云って、技術をああ考える必然性があるようにも見受けられる。だが、人々の体系の上の必然性が必ずしも客観的な必然性でないことは云うまでもない。常識を批判し克服する代りに、常識と殆んど全くかけ離れたテルミノロギー、而も言葉だけは常識に於ても共通なテルミノロギーを使うのでは、科学的に云ってもあまり尤もだとは云えなくはないだろうか。なる程常識の主張は少しも尊重する必要はないかも知れないが、併し常識を救ってやるのでなければ科学的な分析にはならぬし、第一社会的な大衆性をさえ有てないだろう。
尤もこういう風に考えられないでもあるまい。一体技術という言葉が通俗語で、之をそのまま科学的に仕上げることは不適当だから、之とは全く独立して改めて科学的な技術概念を必要とするのであり、之を便宜上仮に技術と呼んでおくことにするという風に。だが夫ならば云わば「技術的なもの」とか技術的基礎とか云った方がいいだろうが、併しそれにしても、それが労働手段の体制だということには、言葉の上であまりにギャップがあり過ぎるので、何のために術語の選択の労を取ったのかが判らなくなる。つまり労働手段の体制は労働手段の体制でいいので、之を無理に技術という言葉やその変容で説明しなくても常識的にも立派に判ることなのだ。無論労働手段の体制なるものと技術なるものとが全く無関係ならば誰も又相川氏も、二つをアイデンティファイする気になる筈はないので、二つの間に何かの必然的な結びつきのあることは確かなのだが、如何に緊密な結び付きがあっても、二つのものが一つだということにはならぬ。特に、もっと実質的な連関から、この二つのものの等置そのものが抑々の問題である時に。
実際を云えば、恐らく技術という俗語はそのままでは科学的な範疇とはならないものだろう。之に代わる処の、そしてこの通俗観念の有っている困難を分析した結果必要になる幾つかの技術論に属する諸範疇が必要となるだろう。その一つの範疇として、即ち技術現象の一つの契機として、「労働手段の体制」という範疇は多分絶対に必要である。だがこの範疇は他の契機を云い表わす範疇から孤立しては無意味になる、範疇としての用途を失う。ではどういう範疇が想像されるかと云えば、この労働手段の体制によっていい表わされ或いは測定される処の、社会の技術水準というようなものが是非必要になるだろう。そして世間で普通技術と呼んでいるものは、主としてこの技術水準という範疇を以て指示される一つの契機ではないかと想像する。尤も今はこの技術水準という概念を想像に止めておく他はないのだが。
勿論技術水準というものを想定しても、之自身は別に特別な可視的形態を具えていないだろう。そういう意味では例えば労働手段と云ったようなものの持つ物質性は有たない。だがそれは丁度、社会に於ける生産力が物質的であると全く同様に、矢張り物質的であらざるを得ないだろう。技術水準は労働手段乃至その体制に較べて、遙かに高度の社会的抽象体であり、それだけ又より抽象的な社会機構観念に属する。だが之によって、所謂労働手段の体制と、それに対応する筈の労働力の属性としての技能とが、初めて実際的に結合されるのであり、従って又、所謂労働手段体制と労働力技能とが観念的にも之によって初めて統一されるのであり、従って又所謂生産技術の内に技能を編成して考えようとする常識的要求をも之で以て充たすことが出来るのである。
技術水準は労働手段体制からの社会的抽象体で、労働手段体制自身によって云わば量られるものだが、処が技能は却ってこの社会的な技術水準に照して量られるのである。一定の社会に於ける労働手段体制に一定の労働力技能が対応すると云っても、夫は単にそうに相違ないという結果を一口にそう云い表わして了ったまでで、実際には技能と労働手段体制との間に絶えざる交互作用が実在するのであって、例えば技能の社会的平均水準(技能水準)を標準にしなければトラクターの運転台の設計一つ出来はしない。処がこの技能水準を客観的な形に直して量って見せる尺度が社会の技術水準なのである。
労働手段と技能との間の実際的な交互作用は、いつもこの技術水準という云わば一種の技術的等価物に換算されることによって初めて行なわれる。
マルクスは技術と技術学(テヒノロギー)を殆んど同義に使っているように見える場合もあるが、両者は科学的には区別されねばならぬ。尤も、技術に関する学問が必ずしも技術学だとは云えないのであり、従って技術学の対象がすぐ様技術だとばかりも云えないので、技術に関する研究は必ずしもテヒノロギーではなく、例えば経済学でもあるし社会学でもあるかも知れない。それからマルクスは『経済学批判序説』で、各々の生産部門の生産の研究をテヒノロギーと呼んで、之を生産一般乃至一般的生産の研究としての経済学から区別してもいる(相川氏がマルクスの「テヒノロギー」の説明から、その対象として「技術」の規定を推論したこと自身が、だからすでに問題だったのだ)。――で技術学を所謂技術から区別するとして、技術学とはどういうものであるか。ここで技術水準という範疇が役に立つのである。
技術学はすでに云ったように技術に関する単なる学でない。実は技術(そういうものを仮定して)に関する技術組織(手練・技能的知能及び知識)なのである。従って之は主として労働手段乃至その体制に関する技術組織であらざるを得ないわけである。処で技術学の発達というものは何を意味するかというと、それは実質上、イデオロギーとしては技術家一般の主体的技能水準の上昇であり、客観的には取りも直さず社会的な技術水準の上昇することに他ならないだろう。技術家の水準が、客観的に見れば社会の技術水準のことであればこそ、世間では無雑作に技術学を技術と同じ意味に用いる理由もあるのであって、ここからも吾々は、所謂技術なるものの主なる契機を、常識はこの技術水準の内に期待している、という論拠を見ることが出来る。
で、労働手段体制と労働力技能とを実地に媒介する社会的な技術等価物は、この技術水準の如きものであって、この社会的等価物に基いて技術の広範な統一的な階層的体統も初めて成り立つことが出来る。この種の社会的抽象体を云い表わすような技術範疇を用いないとすると、技術に関する哲学や世界観や文化理論は、ピンからキリまでのナンセンスになるわけであって、マルクスが宗教批判もテヒノロギーの見地に立って行なわれる必要があると云っていることなども、あまりピンと来ない指針になって了うわけだ。――技術問題と文化理論との関係は主に技術の発達と人類の進歩との関係を問題にする処に横たわるが、労働手段と労働力技能とがまだ自然的にさえ分離しないような人類の原始時代に於ては、マルクスが譬喩的に云ってもいたように、生産器具としての器官の機能がこの技術水準のことであった。そこでは恐らく人類の生物的知能の発達度がすぐ様この技術水準に他ならなかっただろう。技術水準は、労働水準と労働力技能とのこうした原始的な未分期から、今日の発達した社会組織の内に「技術そのもの」の標準的な契機として、且つ又依然として人類社会の発達の基本的尺度として、伝わって来ているものと見ることが出来る。技術が社会の物質的基礎だということは、技術水準のこうしたスタンダード性を想定すればその内容が掴めるわけで、そうしないと労働手段とか機械とか道具とかの体系などを考えざるを得なくなる。之は言葉通り機械論への一歩なのだ。
技術を「労働手段の体制」と想定してかかるのは、無論相川氏一人の場合だけではない、寧ろ今では唯物論者の多くがこの想定に一応信頼しているように見受けられる。処がこの信頼は容赦なく唯物論的に再検討されるに値すると私は考える。之はその試論の一つである。技術水準に就いての私の私見は今の処ただの想像又は仮説の程度を出ないが、併し技術に就いての従来の唯物論的(?)の定義に対して、唯物論的な疑問を回避することは到底出来ないように思われる。読者諸氏はこの点、どう判断されるだろうか。
この疑問を提出するに際して、実は直接の動機となったものに最後に触れておかねばならぬ。最近文壇や論壇を通じて問題になっているインテリゲンチャ論が、実は今云った疑問に連関があると考えるからである。
現在のインテリゲンチャ諸論の内には二つの欠陥が見出されると思われる。第一は、インテリゲンチャ問題をその主体性の問題に於て即ちインテリのインテリジェンス(知能)の問題として捉えずに、往々にして単なる社会層の問題として捉えようとする傾向である。処が実は今日のインテリゲンチャの進歩的な課題は、インテリゲンチャが、自分の主体的なインテリジェンスを如何に進歩的に役立てようか、という処に現に横たわっているのであり、又そこに横たわっていなくてはならなかったのである。
第二の欠陥は、インテリのこのインテリジェンスをば技術の問題と切り離して、勝手に文学的な又は哲学的な知識人の問題から分析を出発させ勝ちだという点にある。人間の知能、インテリジェンスは、社会的人間が自然に対する能動的活動として行う社会生活から発生し又夫によって条件づけられたものなのだから、一般にインテリジェンスをこの技術から切り離して独立に取り扱うことは、元来唯物論の原則を無視してかかることに他ならない。之は知能の甚だ不用意な観念論的な概念なのである。こう云った判り切った点が、意外にも今日の進歩的なインテリ論者の視界の焦点にあまりハッキリ這入っていないのではないかと考える。之がハッキリしない限り、インテリゲンチャの主体性であるインテリジェンスの問題は殆んど無内容なものになって了うか、或いはそうでなければ例えば「インテリの能動精神」と云ったような歪んだ形の問題として、甚だ不幸な運命の下に、提案されることになって了うのだ。
処で、このインテリジェンスは云うまでもなく労働力技能の一つに他ならない。だからこのインテリゲンチャ問題は、このインテリジェンスという労働力技能と、技術そのものとの関係として提出されることになるわけだ。処がこの技術そのものが何か、それと技能との技術としての実地的な連関はどうか、ということが判らない限り、問題は解けない。少くとも技術が労働手段の体制だなどと考えていては、インテリジェンスの問題、従ってインテリゲンチャ論の問題は、見落されるか、それともブチこわしになる他はないだろう。敢えて技術を社会に於ける技術水準という如きもので云い表わそうと試みて見た理由がここにあったのである。
インテリゲンチャの問題が唯物論の立場に立たない限り正当に解決出来ないということが、ここから最後的な結論を得るだろうと思う。インテリゲンチャ論は、往々考えられ易いように、自由主義者の自由主義的な問題としては、決して解けないのだ。
一九 自由主義哲学と唯物論
――自由主義哲学の二つの範型に対して
博士五来素川氏は或る新聞で、日本主義の本当の敵は唯物論だと云っている。この日本主義なるものがどういうものであるかが、直ちには明らかでない以上に、ここで云う唯物論なるものが、どういうものを指すのかは不明である。だが第一日本主義は現代社会に於ける行動現象としてはとに角、理論的な価値から言えば、決して本当の理論的独立性を有っているとは云えない。之は何と云っても一人立ちの出来ない理論であるように見受けられる。その証拠には之に少し世間一般に適用するような妥当性を与えようとすれば、忽ちあれこれの外来哲学を持って来てその裏づけにしなければならなくなる。こういう人工的な技巧哲学が、一種の卑俗哲学以外のものとして発達したためしは甚だ少いのだ。処が唯物論は之に反して、従来から伝統的にも一個の独立な包括的な組織を持った理論体系なのである。だからこの唯物論とこの日本主義とを対等に並べて、一方が他方の本当の敵であるとかないとか云うのは、少くとも理論上の標準から云う限りでは跛行のそしりを免れない。
曾て某評論雑誌で、現代思想の各派を並べて紹介しているのを見ると、ハイデッガーやシェーラーやヤスペルスと並べて、そうした現在の海のものとも山のものともつかぬ群生諸思想と同格に、唯物論が並置されているので、苦笑を禁じることが出来なかった。歴史上の比重を無視して、偶々目の前に現われた昨日今日の現象を比較することは、往々滑稽な価値評価を結果するものだ。こうした判断の与太であることは、つまり判断の客観的公正を欠いていることから来るので、そういう意味での主観的な独りよがりな見解ほど、醜いものはない。
現代に於ける唯物論をシェーラーやヤスペルスの落想哲学と並置するのに較べれば、之を現代の日本主義と並置する力が、まだしもコクのある真面目な見解なのである。先にも云った通り、日本主義は理論的には一人立ちの出来ない内容のものだが(尤も無理論的な理論?としてならいつでも勝手に独立出来るが)、併し社会に於ける実際勢力から判断すれば、唯物論は恐らく日本主義哲学の有力な論敵だというのが真理だろう。で唯物論に取っても亦、日本主義の哲学は決して相容れない論敵なのである。日本主義哲学は、自分自身は何と云おうと、日本ファシズムの哲学なのである、処で唯物論は一般にファシズム哲学を終局の論敵として持っているからである。
昨今の日本の社会状勢は特に自由主義の問題に世間の注意を一時集中したように見える。自由主義は転落した、と世間の編集ジャーナリスト達は叫んでいる。だが最近まで、転落するような自由主義が一体どこにあったか。今まであったのはなけなしの自由でしかなく、単にそれが今日改めて圧迫され始めたというのが正直な有態の事実に過ぎぬ。そのために自由の意識は、そうした自由主義への関心は、却って刺激され、或いは或る部面に於ては振い立ったとさえ言うことが出来る。転落したにせよ、或いは又却って燃え上ったにせよ、とに角この程度のものが、少くとも最近の(所謂マルクス主義全盛期?以後の)自由主義の実勢力だったのである。実は今更転落でもなければ高揚でもないのである。
だがとに角、元来唯物論の論敵であった処の日本主義哲学に対して、初めて之と敵対関係にあるということの意味を現実的な形で覚らねばならなくなったのが、この自由主義だということを、ハッキリと銘記しなければならない。そういうことは誰知らぬ者もない判り切ったことのようだが、併しこの観点は、少くとも自由主義者によっては行くべき処まで押しつめられてはいないのである。と言うのは、自由主義は少くとも日本ファシズムに対抗するためには、唯物論と共同の理論的利害に沿う他に、足場はないのである。現下の事情は、唯物論か日本主義か、のエントヴェーダー・オーダーなのだ。自由主義が自由主義として独自の論拠を持つためにも、自由主義の足場は唯物論の内に求められなくてはならぬ。
処が言うまでもなく自由主義者は、そういう勧告には、習慣的に、又情緒的に、同意することを欲しない。自由主義には自由主義独特の、独立な哲学がある、と自由主義者達は想定し又は主張する。そこで吾々は、この自由主義哲学なるものを批判し克服する必要を有つこととなる。そうしなければ、自由主義そのものを活かすことが出来ないからだ。自由主義は、自由主義の「哲学」をすてない限り、日本主義を批判し克服することは出来ない、ということを、之から見ようと思う。
自由主義乃至自由主義哲学と云っても、之は現在極めて様々な異った意味で使われている言葉である。単に自由を愛好する主義(?)のことでもあるし、「反ファッショ」の感情のことでもある。更に「反マルクス」の口実でさえ往々それはあるのだ。だがこういう卑俗な観念を一々対手にしていては限りがない。まず必要なのはリベラリズムに少くとも三つの部分又は部面があるという点だ。自由主義は云うまでもなく最初経済的自由主義として発生した。重商主義に立つ国家的干渉に対して、重農派及びその後の正統派経済学による国家干渉排斥が、この自由主義の出発であった。この自由貿易と自由競争との経済政策理論としての経済的自由主義は、やがて政治的自由主義を産み、又は之に対応したものであった。市民の社会身分としての自由と平等と、それに基く特定の政治観念であるデモクラシー(ブルジョア民主主義)とが、この政治的自由主義の内容をなしている。
だがこうした経済的・政治的・自由主義から、或いは之に基いて、或いは之に対応すべく、第三の自由主義の部面が発生する。便宜上之を文化的自由主義と呼ぶことにしよう。経済的乃至政治的意識の代りに、もっと一般的に又はもっと上層意識に於て、文化的意識なるものを考えることが出来るだろうが、この文化的意識に於ける、或いはこの特有な文化意識に基いた社会活動である処の文化的行動に於ける、自由主義が、文化的自由主義の意味なのである。この自由主義部面はすでに多くの人が之を注目している。或いは「文学に於ける自由主義」(青野季吉氏)とか、或いは「精神的な自由主義」(大森義太郎氏)とか、云われている。但しこの二つの例では、その内容に就いて他の自由主義部面との比較があまり与えられていないばかりでなく、前者がこの自由主義部面を甚だ尊重するに反して、後者は之を一顧にも値しないかのように軽視しているのであるが。――併しとに角この文化的自由主義という自由主義の部面は、今日特に意味を有つらしいことが、多くの人々によって想定されていると言ってよい。
この三つの部分乃至部面は夫々の間に一応の独立性を持っている。統制経済の方針が必ずしもそれだけでは議会政治や政党政治というような政治上の自由主義と直ちには矛盾しないように、政治的自由主義の「転落」は却って文化的自由主義の意識の高揚をさえ招くというような、部分的現象を見落してはならぬ。政治的自由主義の転落(実は之はマルクス主義的文化理論の一時的退潮と同じ原因に基くのだが)によって、却って特有な自由主義的文化意識が「復興」され又台頭したと見ることも出来る。文学に於ける能動精神・不安主義・ロマン派・各種のヒューマニズム・等々がその例だ。
で仮に経済的・政治的・自由主義が転落しても、夫とは一応独立に文化的自由主義は一時的にしろ繁栄することが出来るのである。だから、もし一般的に自由主義なるものを何でもいい守り立てる必要があるとすれば、経済的・政治的・な自由主義の大勢が不利である場合、当然文化的自由主義が、自由主義なるもの一般の最後の拠り処とならざるを得ないわけである。現在、自由主義一般の積極性を他ならぬこの文化的自由主義の内に求める文化人は決して少なくない(青野季吉氏の如き)。そして漫然とその感情に於て自由主義的である処の特色のない多くのリベラーレンは、経済上の自由主義的見解や政治上の民主主義的意志はなくても、この文化的自由主義を私かに信じているのだと云っていい。そう考えて見ると、文化的自由主義こそ、現在に於て新しく積極性を有つに至った有力な自由主義の形態だとも云うことが出来そうである。
この文化的自由主義から一種の特別な自由主義哲学が出て来るのであるが、それを見る前にもう一つ注意しておかなくてはならぬのは、「自由主義」という範疇(根本概念)が有っている二つの種類である。一体社会現象を指し示す各範疇には、大抵の場合、歴史上の一定形象を示す場合と、超歴史的な一般的形象を示す場合とが、同じ言葉で同時に云い現わされている。浪漫主義は例えばドイツ文化史上、古典主義の後を受けた一定時代の一定運動を指すと共に、一般に凡ゆる時代の反リアリスティックな運動をも意味している。啓蒙運動に就いても亦同様に云うことが出来る。自由主義もその例にもれないのであって、夫は歴史的範疇としては十七八世紀のブルジョアジー台頭期の経済的政治的及び文化的イデオロギーであったが、それが、そうした歴史上特定の制限を持ったイデオロギーとしてではなく、もっと一般的に超歴史的な普遍人間的範疇として(長谷川如是閑氏はそれを道徳的範疇と呼んでいる)、通用するという他の一面を見落すことは出来ない。歴史的範疇としての自由主義は、云うまでもなく資本主義文化の所産としてのブルジョア・イデオロギーの他のものではあり得ないが、この道徳的範疇としての自由主義になると、もはやそういう一定の階級性・一定のイデオロギー性格・から自由になったと考えられる。こうした道徳的範疇としての自由主義は、だから必要に応じては任意の都合の良い内容規定を之に挿入することが出来そうだという、至極便宜な形を取り得るわけだ。一般的に何でもいい自由主義を信奉するリベラーレンにとって、だから自由主義の最後の、或いは最近の、段階として、この道徳的範疇としての自由主義が、その血路を提供するのは、甚だ尤もだと言わねばならぬ。
そこで今必要な点は、この道徳的範疇としての「自由主義」なるものが、例の前に云っておいた文化的自由主義の、直接の裏づけとして援用される、という一つの事実なのである。云い換えれば文化的自由主義に最後の信頼を置く自由主義者は、自分のこの信頼の根拠として、この自由主義こそこの道徳的範疇としての自由主義に立つものだと考えられる点を利用するのである。つまり文化的自由主義が権威があるのは、それが道徳的(普遍人間的)自由主義に他ならぬからだ、という論拠になるのである。もしこの論拠が正当なものならば、文化的自由主義こそ、リベラリズムの最後の最高の形態でなければならなくなる。
だがここには一つの微細な錯誤が潜んでいる。そしてそれが大きな誤謬を産むのである。文化的自由主義が如何に文化的であり、従って超経済的・超政治的であり、即ちその意味に於て如何に非現実的なリベラリズムだとしても、そのことは何も、この文化的自由主義が超歴史的な所謂道徳的な範疇としての自由主義だということとは一つでない。自由主義の一部分乃至一部面に他ならなかった文化的自由主義を、自由主義全体に及ぶ道徳的範疇としての自由主義と同じに考えることは、無論許されない筈だ。無理にそう考えるためには、道徳的範疇としての自由主義なるものを、特に道徳的自由主義とでも呼ぶべきものにまで変更しなければならぬ。そういう道徳的自由主義ならば多分文化的自由主義と同じである他はないだろう。だがそうすれば、そういう道徳的自由主義は、歴史的範疇としての自由主義なるものの有っている歴史的制限から自由だったという、あの道徳的範疇としての自由主義の有つ「自由」をば、もはや保証されてはいないのだ。
この論法で行くと、仮に文化的自由主義が今日成立するとすれば、それが同時に道徳的範疇としての自由主義という少くともその妥当性を否定出来ないものと一つであるという論拠から、この文化的自由主義の成立は自由主義一般の成立を告げるものだということとなり、かくて経済的自由主義も政治的自由主義も、却ってこの文化的自由主義を根拠にして初めて成立出来るということになる。即ち経済的・政治的・自由主義は、何か道徳的根拠によってその成立を権威づけられることになる。そして例えば政治的自由主義の反対者などは、不道徳だという理由によって非難されねばならなくなる。――だがそれだけではない。この文化的リベラーレンは又、往々にして、政治的(又経済的)自由主義(乃至自由)などを問題にすることなく、単にこの文化的リベラリズムを固持することだけによって、一般的にリベラリストであるという権利を獲得出来るかのように思い始める。政治上の自由などは本当はどうでもいい、大事なのは吾々の逞ましい自意識だ、などと、そういう風に文学者の文化的リベラーレンは主張し出すのである。
文化的自由主義の弊は、それが自分の自由主義としての一般性を装うために、道徳的範疇としての自由主義なるものを利用して、之を道徳的自由主義にまで植えかえることである。文化的自由主義は、道徳的自由主義に変質する。それはもはやただの文化に於ける自由主義ではなくて文化主義的自由主義にまで居直る。之は広義の文学者の意識に於て往々見受けられる形跡だから、私はかつて之を文学的乃至哲学的自由主義と呼んだ(一一、一五参考)。
さてこうして、自由主義の「文学的」な哲学体系が初めて成立する。文化的自由主義は自由主義の一部面乃至一部分の名に過ぎなかった。処がこの一部面一部分が独立を宣言し、自由主義全体の統一運動を始める時、それは自由主義全般に対する一つの主義・一つの哲学的態度・を意味することになる。ここに初めて「自由主義の哲学」(但しその一半の場合で他の場合は後で書くが)が発生する。ここでは哲学的範疇の代りに文学的な範疇が使われる(これに就いては既にこの書物で説明した――一一)。それが文学主義的な自由主義哲学たる所以である。例えば今日の文芸的評論に於ける各種の人間主義が私かにこの自由主義哲学に基いているのであって、もしこの自由主義哲学から政治的な帰結を惹き出せるとしたら、その政治的結論は推して知るべしなのである。読者は多分この哲学が転向文学者の一部のものの支柱となっていることを発見するだろう。
注意すべきはこの文学主義的自由主義の哲学が、決して所謂文学にだけ限られて使われている思想体系ではない、ということだ。寧ろ却って、今日のブルジョア哲学の主なものの多くこそ、この自由主義的文学のメカニズムが潜んでいることに注目しなければならぬ。例えば西田哲学は或る何等かの自由主義を読者に感じさせるだろう。もしそうだとすれば、その自由主義とは取りも直さずこの文学主義的自由主義(即ち又道徳主義的自由主義)なのであり、だからこそこの哲学は一種の自由主義哲学だということになるのである。この意味に於て自由主義哲学に属するものが、今日の日本のブルジョア哲学に於て如何に多いかということは、甚だ興味のある点である。一見政治的自由主義とは何等の関係もない各種の教養ある哲学は、このようにして多くは矢張り自由主義の哲学に帰着するのである。
このタイプの自由主義哲学者が、この教養に基く政治常識に於て多少とも合理的であり進歩性を有っているに拘らず、又理論的に云ってマルクス主義的文化史の思想史上の比重を尊重し之に同情を示すことを一応の義務と考えているにも拘らず、例外なく唯物論の敵対者であることは、決して偶然ではない。なぜならこのタイプの自由主義哲学は、結局文化的自由主義の埒内だけに終始しようと決心していたからである。生産力や権力という社会の根柢にある物質的諸力とはこの自由主義は何の関係もひっかかりもないのだった。唯物論はこの哲学にとって元来不用だったのである。処でこの自由主義哲学者を、そこから唯物論に対する敵対にまで移行させるには、一寸したいやがらせだけで充分なのである。以上の点は、文化的インテリの代表者とも見做し得る文学者の意識に就いても、少しも変った処はない。
さて以上は、文化的自由主義を地盤として発生する自由主義哲学の場合であったが、次に経済的乃至政治的自由主義を地盤として発生する別のタイプの自由主義哲学に就いて考えよう。
一体文学的自由主義哲学は、一見何等の自由主義を説いているとは見えないのが恒だが、それはつまりこれが充分な意味での自由主義哲学でなかったことを物語っている。元来経済的乃至政治的自由主義を飛び越して、いきなり文化的自由主義に立て籠った結果出て来る自由主義が、充分な意味での自由主義哲学を齎らさないことは寧ろ当然だろう。本格的な、或いは正札通りの、自由主義哲学は、経済的・政治的・自由主義を地盤として出発を始めなければならぬ。そうすれば文化的自由主義もおのずからその領野に取り入れられることになるだろう。
この第二のタイプの自由主義哲学は今日の日本では決して多いとは考えられない。だがそれの最も著しい形は河合栄治郎教授の努力の間に現われている。努力と云った意味は、教授自身の従来の意見によると、自由主義の哲学はまだ充分に成立していないのであって、それを成立させるべく今現に努力しつつあるのがこの河合教授達だからである(「改革原理としての思想体系」・『中央公論』一九三五年五月号、其他)。
河合教授によれば、云うまでもなくリベラリズムは資本主義の発生に基いて生じたイデオロギーなのである。だが、その初めに於てそうだったということは、いつまでもそうだということを意味しない。一般に、又特にマルクス主義者達は、自由主義が資本制的制限を有っているから到底社会改良主義以上には出ることの出来ないものだと速断するが、それは早計も甚だしい。「現段階の自由主義は社会改良主義より逸脱して社会主義にまで自己を発展させている」のだ、と教授は注意を促すのである。ここで社会主義というのは云うまでもなく資本主義の対立物のことを指すのであるが、処が日本やドイツのような特殊の国情に於ては、現存社会秩序の原理は単純に資本主義乃至その意味に於けるブルジョア・リベラリズムではない、封建主義の残存物が極めて多いことがその特色をなしている。だから教授によれば、日本の現段階の自由主義は、同時に資本主義と封建主義とを敵として持っているのである。封建主義に対しては所謂リベラリズムを、そして資本主義に対しては社会主義を、対立させねばならぬ。このリベラリズムと社会主義との有機的統一・体系的結合こそが、現段階の自由主義だ、というのである。
自由主義は社会主義だという。ではどういう社会主義なのか。教授によれば、現段階の自由主義(=社会主義)は理想主義に帰着するのである。処でマルクス主義は理想主義ではない、ないどころではなく理想主義の反対物だという意味に於て、即ち教授の想定によると「理想」を否定するという意味に於て、唯物論であった。だから少くともこの社会主義はマルクス主義の反対物でなくてはならぬ。――封建主義に反対し、資本主義に反対し、更に共産主義(マルクス主義)に反対するこの現段階式自由主義は、一体どこへ行くのだろうか。
処で河合教授は現段階式自由主義を理想主義だと説明するには、自由主義の歴史が根拠を提供しているのである。教授によれば自由主義は自然法から功利主義を経て遂に現段階に於て理想主義に到達したというのである。――だが理想主義的自由主義は、恐らくトーマス・ヒル・グリーンの倫理学的自由主義を範型とするだろう。このカント化された非アングロ・サクソン的倫理学者グリーンは河合教授の詳しく研究する処であるが、十九世紀の八十年代に死んだ人だから、非常時日本の現段階的自由主義の範型として適切であるかどうかを私は知らない。がとに角、経済学上の自由主義者であり又議会主義者でもある処の河合教授が、著しく倫理的な観点からこうした自由主義を照して見せるということを、覚えておかねばならぬ。
河合教授の自由主義即ち理想主義とは、個人人格の云わば社会的成長を目的とする主義のことである。無論社会に於ては自分一人が人格を成長させることは出来ないし、又それはよろしくないことだ。「公共のためを思い」「不幸なる同胞」に同情を寄せたり何かすることによって世間の皆々の人格の成長を欲することが、取りも直さず自分自身の人格の社会的成長になるのである。こういう理想を有つことを云い表わすこの理想主義は、だから第一に「道徳哲学」でなければならず、そこから又この道徳の実現のための多少具体的内容を意味する。「社会哲学」とならねばならぬ。即ちこの自由主義的社会哲学、否社会哲学的自由主義によれば、政治的には国家主義反対や議会主義、経済的には資本主義による強制からの自由(旧いブルジョア・リベラリズムは国家による強制からの自由であったが)、などがそのドクトリンとなる。
で教授の自由主義が理想主義であるのは、人格の自由な成長という道徳的理想(グリーンはその『プロレゴメナ』に於て極めて詳しく之を分析している)を持つからこそ、理想主義であったに他ならない。この自由主義は倫理主義だったのである。この点から云うと、この折角の経済学的政治学的自由主義哲学も、例の先に云った文学者や文化哲学者の道徳主義的自由主義と何の変る処もないのである。実際倫理主義は今日の一般のブルジョア哲学の共通な一つのトリックにぞくする。彼等によれば政治や経済という社会機構は、倫理道徳の理想や当為に還元される。そしてそこから「社会哲学」や「政治哲学」や「経済哲学」のあるものやが、発生する。云わばこうだ。一切の国民が軍人に還元される(挙国皆兵)、そしてそこから将官や佐官の「軍人」が「国民」を代表する。だが之は果して真面目な論理だろうか。
「倫理」主義が一つのトリックであると全く同じ構造に於て、「理想」主義も亦一つのトリックである。もし理想を有つことが理想主義なら、マルクスこそ最もシッカリした理想主義者であったろう。にも拘らず彼は理想主義(又の訳語は観念論)の代りに唯物論を採用した。なぜというに彼の社会主義的理想(それは人間の本当の自由にあったことを忘れてはならぬ――『ドイツ・イデオロギー』を見よ)という観念の上の目的を達するための物質的な実際手段が、唯物論的認識と夫から出て来る方針とだったからだ。マルクスは河合教授や小泉信三教授や其他ありと凡ゆる倫理学者や哲学者が心配するように、事物の必然的法則の認識と行動の実践的方針とを、理論的に混同したものでもなければ、又別々に考えなければならなかったのでもない。現実が論理に、事実が価値に、転化することこそ唯物論によるディアレクティックなのである。と云うのは、元来論理関係乃至価値関係なるものは、現実乃至事実が人類の経験によって原理にまで要約されたものなのだ。この点を忘れるならば、今日現に行なわれている一切の文化の科学的批判などは完全に理解出来ない筈だ。――処でマルクスに於ては唯物論的手段と理想的な目的とは別々なものでもなければ又単純に一つのものでもない。であればこそこの手段が目的の手段として実地に役立つという資格を得てくる。処が河合教授の理想主義によると、目的が理想だから手段も亦理想でなければならぬらしい。例えば自由を得るための手段は又自由な「議会主義」でなければならない。ブルジョアジーの所謂議会主義という手段に依らないとなぜ手段一般が不自由になるのかが吾々には判らないが、とに角目的と手段とを私かに混同するのがこの「理想主義」のトリックなのである。
教授はマルクス主義が、物質的手段を目的であるかのように考えて目的と手段とを混同しているから、マルクス主義に反対しなければならぬと云うのであるが、この混同こそ却って教授等の「理想」主義者の代表的な特徴なのである。理想主義が意味を有ち得るのは、単に倫理的な態度、そういう人間的情緒、そういう心構え(清沢洌氏は自由主義をこうした「心構え」と考える)としてだけであって、哲学体系となればそれは他ならぬ観念論の体系のことだ。観念論が一般に哲学体系としてどういう根本欠陥を持っているかは屡々述べたが、こうした理想主義のトリックが取りも直さず今の場合のその適例なのである。
仮にいつも真理・真理と云っている人間がいるとする。真理を説明するにも真理、真理を擁護するにも真理だ。そうするとそういう人間は人から真理主義者という綽名を頂戴するに相違ない。つまりこの真理主義が即ち真理でないという認定を与えられるのである。「理想」主義や、「自由」主義を、そうした綽名にしないことが、理想そのものと自由そのものとのために必要だろう。理想と自由との信用を落させるものが他ならぬ「理想」主義者であり「自由」主義者である河合教授でなければ幸いである。マルクス主義者も亦言論・集会・結社・議会・身体・其他一切の(河合教授の所謂「形式的」及び「実質的」)自由を、人間的理想としての自由という目的のための、手段としてあくまで之を尊重する。だが自由という目的を設定し更に又この特定の自由行為を手段として尊重することが、すぐ様自由「主義」だと考えるのは、ただ「自由主義者」だけなのだ。――自由という道徳的倫理的情緒や直覚が、すぐ様自由主義という哲学的理論となるという保証は、一体どこにあるのだろうか。情緒が体系へ一気呵成に移り行くかも知れないという人間的危険について、最も慎重である習慣を持っているものが、唯物論だったのである。
で、もし自由を愛好するということから(唯物論者は恐らく誰よりこの自由を愛求しその妨害を誰よりも憎悪するが)、自由主義という独自な哲学体系がすぐ様約束されるとしたならば、靴屋は靴哲学を、床屋は頭髪哲学を有つことになろう。――豊かな情緒の自由主義は哲学組織となろうとする時、忽ち平板な貧寒な理論となる。と云うことは、自由主義そのものが、決して本当の自由主義の正当なイメージでなかったことを証拠立てている。河合教授が自由主義哲学の未成立を憤慨しなければならないのは、決して教授の偶然な不幸ではないのだ。
自由主義の所謂「転落」に就いて最も興味を感じているものは云うまでもなく唯物論ではなくて日本主義である。処がこれまで、日本主義の側からする自由主義の多少とも理論的な批判は、甚だ少ないようだ。藤沢親雄氏の「自由主義を論ず」(『社会政策時報』一九三五年五・六月)などが多分最も注目すべきものだろう。
だが藤沢氏はその専門である政治学に因んで、眼中には政治的自由主義しかないのである。氏によると、今日政治的自由主義はすでにその役割を終えた、というのである。法治主義たる自由主義的国家理論は、国家を社会から出来るだけ引き離し、国家なるものから出来るだけ社会的倫理的な意義を差し引いて、わずかに法治的行政行為の機能だけを国家の側に残そうという一貫した企てである。社会の倫理的(又しても日本主義者までが倫理的!)権威は、かかる自由主義的国家の与り知ったことではない。――処が併し、ヨーロッパに於ても、こうした法治主義的自由主義が今やその役割を終え、その代りに、之を包含して立ち現われたものが、全体国家の観念だ、と氏は警告する。なぜ全体国家かと云うと、そこでは社会全体が即ち国家であり、各社会人が又国家の一員としての資格に於て初めて人間なのだからである。国家の機能は社会の凡ゆる内容に滲徹する。社会人の個人的私事などはもはや許されない、ということになるらしい。
かくて全体国家は、国家本来の(?)社会的権威を取りもどす。処でこの権威なるものは決してただの権力のことではない。元来自由主義者は権力しか知らない。だからこの権力が欠如していることを「自由」だと考えることしか知らない(全く河合教授などはそうだ)。処が氏によると、そんな自由はただの消極的自由のことでしかない。本当の積極的な自由は、こうした権力と相容れないどころではなく、寧ろこうした権力と結びついているものなのだと言う。こうした積極的自由と権力とが結びついたものを含むものこそ、例の権威だというのである。
藤沢氏はここでナチ・ドイツの国家学者(カール・シュミット達)を紹介し又は模倣しているのである。でつまり「われ等の指導者ヒトラー」のことを思い出せば、この権威とか権力とか積極的自由とかというものの得体が知れるのだ。――処がヒトラーはまだ決して日本人である藤沢親雄氏の権威の概念を満足させない。国家の本当の権威は伝統と血統との上の必然性を必要とする。その意味に於て日本帝国こそこの権威ある全体国家の模範だということになるのである。
それから後は、殆んど凡ての日本主義者に特有な語源学的・文献学的・な駄洒落に帰着する。ただ傾聴すべき唯一の点は、機関説が自由主義乃至左翼の国家理論であり、之に反して主権説は右翼の国家理論であるが、日本主義こそ中道を行く偏倚せざる国家理論だということだけだ。
自由主義はマルクス主義と同じ本質のものだということになるのだから、唯物論は今や自由主義のために大いに弁護しなければならぬ破目に陥ったわけだが、唯物論は何よりも、民族の歴史の「科学的」研究を以て、即ち唯物論的・史的唯物論による日本歴史の研究を以て、之に答えなければならないだろう。そして歴史の唯物論的分析にかけては、矢張り自由主義よりも唯物論の方が本格的ではないだろうかと思うのである。つまり自由主義を最も根柢的に擁護するものは、自由主義ではなくて唯物論だ、ということになる。尤もこの際、自由主義者の主観的な情緒がこの結論に対してどう反応するかということは、保証の限りではないのだが。
結論
二〇 現代日本の思想界と思想家
――思想の資格に於ける唯物論の優越性に就いて
思想界を右翼、中堅、左翼という風に区分することは今日の常識になっている。世間では即ち各種のファシストの思想、各種のリベラリストの思想、各種のマルクシストの思想、という具合に区別しようというのである。処がこの常識は極めて皮相な社会通念に基いているので、例えば同じくマルクシストと云っても、その本質から云うと社会ファシストに数えられるものが非常に多いし、又自由主義者に近いものも少くない。同様に自由主義者の内でも亦、時には実質上の自由主義者の資格を持っているものもなくはないが、その大部分は煎じつめると社会ファシスト乃至ファシストに他ならぬ。だからマルクシストとかリベラリストとか、それから又ファシストとかいう区別は、一応の便宜上の区別としてはとも角、それ以外にあまり根本的な意味のあるものではないように見えるのである。少くとも、ファシズムにも反対だしマルクス主義にも反対だから、自由主義を採る、と云ったような見当づけほど馬鹿げた常識はないのだ。
云うまでもなく、ファシズム・リベラリズム・マルクシズムの分類は、現在の社会の階級〔対〕立の関係から客観的に導き出されたイデオロギーの類別なのだから、終局に於ては之は無論無視してならない原則にぞくしているが、この終局的な尺度がなければ、今日の思想界に就いては多分一言も口を挿むことは出来ないからだ。だが、何がファシズムで何がリベラリズムか、又何がマルクス主義かということになると、世間の通念や又イデオローグ達の見解の間に、単に要点の上での一致がないばかりではなく、お互いに根本的に倒錯した理解さえが行なわれているのが、直接の事実だ。例えば日本の今日のファシスト達は自分達の思想を往々にしてファシズムに対する反対説だと唱え出すし、自由主義者は自由主義をば、却って自由を追求することからの自由によって理解しようとさえしている。そうして見ると、自由主義は実質に於て自由主義反対だという結果になるのである。自称「マルクス主義者」達はマルクス主義を攻撃することによって、わずかにマルクス主義者であることが出来るという具合だ。
このような錯綜と倒錯とは、ファシズム・リベラリズム・マルクス主義というような社会的な一客観現象としてのイデオロギーの区別によっては到底問題が尽くされず、ファシスト・リベラリスト・マルクシストというイデオローグの主体的な条件の下にしかこの問題を取り上げてはならない、ということを示している。つまり之は、思想界は思想家の思想を中心にして出来上るものだという、判り切った関係に他ならないのだ。思想家自身が自分の思想に就いて懐く主観的な見解と、その思想の客観的な意味との喰い違いが、この錯綜と倒錯とを産むのである。そこで世間の例の分類常識は、時とすると思想家の主観的な自己評価の側についたり、或いは又時とすると思想家の思想の客観的意義の側についたりするので、混乱し動揺せざるを得ないのである。
世間の常識で、単純であれはマルクシストだ、あれはファシストだと云うのは、その限りでは、極端に云えばあれは政友会だ、あれは民政党だ、というようなもので、所謂レッテルは外から貼ったものなのだから、あまり真面目に気にかけるべき問題ではない。ただここに意味のある点は、無論、イデオロギーを政治的に分類することによってその社会現象としての特徴をハッキリさせようという企てにあったのである。なる程思想をイデオロギーとして社会的連関の下に捉えるには、之を政治的イデオロギーから切り離して問題にすることは絶対に許されない。だが、そうかと云って、このイデオロギーの政治的性格自身が、それの最も著しいが併し結局はごく直接に手近かにある手取り早い一特徴に過ぎないのだ、という点を見落してはならぬ。諸イデオロギーの本当に根本的な特徴は、もっと奥の方にあるのであって、単にそれが必然的に夫々の一定の政治的イデオロギーにまで、直接に或いは又間接に、帰属され得べきだ、と云うに過ぎないのである。だから、之を政治的イデオロギーに帰属させた結果だけを見れば、それだけでは一向そのイデオロギーのイデオロギーとしての特色が浮び出ない場合が少くない。或る種の哲学的イデオロギーや、又特に自然科学的イデオロギーなどは、その好い例なのである。ファシズムの物理学と云って見た処で、又自由主義的数学と云って見た処で、夫だけでは殆んど無意味な特徴づけに終るだろう。イデオロギーとしての思想を単に右翼・中堅・左翼と云ったような「社会学」的社会常識で片づけ得ない所以が之なのだ。だからこういうやり方では、思想界の分布図など書けるものではない。なぜなら具体的に各思想家をその分布図に入れて見る段になると、単にハミ出してうまく行かぬだけではなく(ハミ出すのは仕方のないことだ)、恐ろしく見当違いな藪にらみな展望になるだろうからだ。
で私は右翼・中堅・左翼、乃至ファシズム・リベラリズム・マルクシズム、と云ったような社会学的思想界分布図の代りに、もう少し合理的に内容に立ち入った分布図を使わなければならない。云わばもっと哲学的な分布図を必要とするのである。思想と云えば世界観と思想方法との結合のことだが、之が本来観念論と唯物論に分類されて来ていることは、今更云うまでもない。処で実は之こそが、今日の思想界の社会的分布図を与えるのに、一等役立つだろう当のものに他ならぬ。
観念論と唯物論との対立と云うと、世間のスレッカラシな常識は、又か、というだろう。処が世間では一向この二つのものとその対比との現代に於ける意義を理解しないどころでなく、この二つの言葉そのものの意味をさえ決して実際的な形で掴んではいないのだ。それだけではなく、観念論的な哲学概論によっては勿論のこと、唯物論的な哲学教程によってさえも、この観念を実際的な現下の社会的意義の下に充分捉えているとは云えぬかも知れない。具体的な点は段々見て行くとして、少くとも観念論と唯物論とが、単に世界観であるばかりではなく、之と連関して同時に論理であるということを、世間はあまり知ってもいないし考えてもいない。之はつまり、思想というものをただの観念か何かと考えている常識に由来することだが、思想というのはただ或る観念を所有したり之を振り回したりすることではなく、実際をよく見ると判るように、或る観念を推し進めて行くことによって之を使うことをいうのだ。思想とは観念成長の組織機構を意味するのである。この組織が広く論理と呼ばれるものであって、そこに思想の貞操とか貫徹性とか徹底性とか党派性とかいうものも横たわる。ヘーゲルなどは之を「推論」という言葉で云い表わした。この論理の用具がそして範疇組織というものなのである。――で思想はこうして世界観から始めて範疇組織までを含まなければ成り立たないのがその実際だ。もし思想家というものがあるなら、夫は思想のこうした組み立てを身につけた者のことで、ただの観念を所有することなら子供でも狂人でも出来るだろう。観念論とか唯物論とかいう思想のこの原型はだから、ただの世界観なのではなくて同時に論理だったのだ。友松円諦氏だったか(尤も独り彼に限らないが)、観念論か唯物論か、などという問題はただの閑つぶしの「戯論」に過ぎないと云って問題を回避しようとしているが、彼等の思想家としての無資格は、こういう点に最もよく現われている。観念論と唯物論との対比は、単に思想乃至思想界の分布図を与えるばかりではなく、この対比に就いての自覚は、思想家自身の思想家としての資格を決定することにもなる。無論思想家としての資格のない思想家というものも、社会的に思想家として存在しているという事実は、後に見る通りだが。
特に唯物論と云うと世間では最近特別に妙な観念を有つものが多い。唯物的なものであるとか唯物思想であるとかいうのであるが、一体それが何を意味するのか、云っている人間自身全く判ってはいないらしい。こうした理論無用の思想的暴力団式見解は、無論真面目に相手になれないものだが、併し之が案外世間の一部の人間の常識に一致しているように見える。現在の日本では貴族院や衆議院でもこういう見解が立派に通用する、それ程立派な〔観念〕なのである。
日本に於ける現代の唯物論は弁証法的唯物論と呼ばれている。この思想は公平な哲学史的考察に従えば、実は世界の哲学史の現代的要約に他ならない。所謂観念論の諸課題(例えば主体の問題、個人・意識・自由・其他の問題)は、之によってこそ批判的に解決され又は解決され得べきものなのであるが、処でこの肝心の弁証法的唯物論自身が今日様々な形で歪曲されて理解されている。
第一はこの唯物論を客観主義だと考える見解である。唯物論は主体の問題を主体の問題としては取り上げないもののことだと考える。大森義太郎氏などがインテリゲンチャの問題をインテリゲンチャの主体的条件(インテリジェンス)の問題として取り上げずに、専ら「客観的」な社会層や社会階級の問題としてしか取り上げないのは、こうした客観主義の一例に過ぎないが、之は唯物論とさえ云えば、人間の精神を石か水のような物体と考える思想だと思っている卑俗な常識とあまり相距るものではない。元来今日の唯物論は社会的にはプロレタリアートと農民とに帰属すべき思想であるのだが、今の例では、多分に、サラリーマン層乃至現在の広義に於ける学生層(所謂評論雑誌の読者層)或いは又官僚群に帰する「唯物論」が見受けられるわけである。向坂逸郎氏などのこの点の見解は之と似たもののようだ。唯物論もこうなると、もはや思想と云うよりもサラリーマンならサラリーマンの云わば社会的趣味に他ならない。
唯物論の客観主義化の場合は他に限りなくあるが、それはとに角として、今度は反対物として、唯物論の主観主義化を考えて見ると、之も亦ごくありふれた思想現象なのである。その内で最も特徴のあるのは弁証法的唯物論を史的唯物論と考える、唯物史観主義だろう。之によってマルクス主義は一つの歴史哲学にまで転向させられる。三木清氏はこの点で最も功績(?)のあった人で、彼が嘗て影響を与えた多数の学生や学者の内には、この唯物的歴史哲学を通じて初めて、自分の観念論的傾向と唯物論との妥協を企て得た者が少なくなかった。私などもその一人であったし、岡邦雄氏などもそうだったが、今では二人とも奇麗にそうした哲学青年的態度は捨てて了った積りである。船山信一氏など最も鮮かにこの哲学趣味を脱却した人で、彼の思想の包括性や伸縮性や実際さは兎に角として、今ではまず唯物論の優等生になったと見ていい。今日の三木氏の立場に接近している少数の文学青年達は問題にならない種類のものだが、それにも拘らず三木氏の過去から今日に至るまでの影響に相応するものは、色々の形で意外な処に現われている。田辺元博士は自然弁証法なるものの本来の意義を承認しない唯物論理解者の一人であるが、之も亦史的唯物論主義に対する博士の特別な同情と無関係なものではない。無論田辺博士は元来少しも唯物論者ではないのだが。で、こうした唯物史観主義が日本の「教養ある」小市民層の哲学趣味や文芸趣味に投じることによって繁栄しているアカデミックに卑俗な夫々の唯物論(?)であることは、すぐ判るだろう。
唯物論の歪曲は一慨に云って了えば取りも直さずそれだけ観念論なのだから、之は観念論の項に譲らなければならないが、併し今一つの例外な場合を注意しておかなくてはならぬ。弁証法的唯物論は云わばプロレタリア唯物論であるが、之は一面に於てはフランスのブルジョア唯物論からの発展だと見做される点を有っている。今日の日本でそういうブルジョア唯物論を代表する殆んど唯一の、而も非常に著名な人物は長谷川如是閑氏だろう。日本に於けるブルジョア唯物論は、かつて、啓蒙哲学としては福沢諭吉氏によって、フランス唯物論としては中江兆民氏によって、ドイツ唯物論としては加藤弘之氏によって代表されたが、第一のものは日本ブルジョアジーの日常処生訓として解消して了い、第二のものは幸徳秋水氏や大杉栄氏のアナーキズムを通って現在では思想上の支配力を失って了い(これは新居格氏などに記念品として残っている)、第三のものは最近亡くなった石川千代松博士で家系が断たれたように見える。如是閑氏だけが今日、割合総合的なそしてよくこなれたイギリス風のブルジョア唯物論者として残っているのである。
氏の思想態度は極めて「唯物論的」である、と云うのは氏は実証的な常識以外に何等の哲学をも認めないのである。彼の思考組織がそのものとして取り出されることを氏は好まない、そうした哲学が、論理が、嫌いであるように見える。その癖氏の思想のやり口には一定の顕著な組織があるのであって、それが一貫した特色として誰の眼にも一眼見て判るように出来ている。ただその論理組織を自覚的に展開することが、何等か観念的な態度に堕するものと信じ切っているのである。氏の唯物論が弁証法の実際上の有用性を認めず従って弁証法的唯物論に移らない理論的な根拠はここに横たわる。――如是閑氏の唯物論は決して唯物論の歪曲ではない、寧ろ未発展な唯物論がそのまま爛熟したものに他ならぬ。処がその唯物論の未発展という処から、実は色々の観念論的な動揺が出て来るのであって、氏がファシストのレッテルを貼られるのもそこから出て来るのだ。ブルジョア・リベラリズム(敢えてブルジョア・デモクラシーとは云わぬ)の思想の運命は、今日どれもこの道を選ぶ他はないようだが、この運命に組織的な思想根拠を与えた唯一の思想家が如是閑氏に他ならぬ。
例えば河合栄治郎博士は自由主義の哲学を提唱している。併し唯物論と観念論との対立を抜きにして、いきなり自由主義という経済的乃至政治的文化的イデオロギー(河合氏のは経済的イデオロギーに由来するものだが)を原則として哲学を築こうなどというのは、丁度靴屋の哲学を考案したり床屋の哲学を工夫したりするようなものだ。之では観念は出来ても思想にはならぬ。自由主義哲学が今日の日本に未だに事実上存在しないのは、決して偶然ではない。――それから同じくリベラリストと云っても馬場恒吾氏や清沢洌氏は、世界観的背景と論理組織とがハッキリしていないから、充分な意味で思想家に数えることは出来ないようだ。
では本当に唯物論的な思想家はどんな人かというと、厳密に云えば夫が極端に少ないのである。単に本当に弁証法的唯物論を身につけた人が少ないからばかりではなく、そうした唯物論者で、ただの学者や専門家に止まらずに思想家の域にまで到達している人が、甚だ稀だからである。だが之は決して無理からぬことで、唯物論的世界観を唯物論的組織に従って、具体的に分析し包括的に統一して、之を唯物論的思想体系にまで形象化すことは、観念論の場合とは違って、そんなに容易に出来ることではない。なる程多少とも唯物論的な社会科学者は非常に多い。例えば平野義太郎、山田盛太郎、小林良正、山田勝次郎、大塚金之助、服部之総、羽仁五郎、それから猪俣津南雄、土屋喬雄、向坂逸郎、有沢広巳、石浜知行、佐々弘雄、大森義太郎、其他の諸氏を数えることが出来る。多少とも唯物論的な哲学者や文学理論家は併し、もはやあまり沢山はいない。高々哲学では三枝博音、岡邦雄、船山信一、永田広志、秋沢修二、本多謙三、其他。文学では(蔵原惟人、宮本顕治)森山啓、窪川鶴次郎、中条百合子、青野季吉、其他の諸氏である。自然科学者数学者になると多少とも唯物論的な人物はごく稀になる。わずかに小倉金之助博士や再び岡邦雄氏其他を数えることが出来るだけだ。而も以上あげた人の内でも、どこまで果して本当に唯物論者の名に値いするかが、夫々の人物に就いてすでに問題だろうし、それだけではなくただの学者や専門家では、まだ思想家とは云われないのは前に云った通りで、夫は丁度ただのジャーナリストや批評家が思想家でないのと同じなのである。――唯物論的になればなる程、思想家としての資格が厳重になるのである。
だがそれにも拘らず唯物論は今日最も包括的で統一的な客観的な世界観であり、又最も実際的な組織的な論理であるという点を、見落してはならない。実は今日の唯物論は、初めから「思想」としての根本特色を最もよく具えている思想なのである。現在吾々はこの唯物論に拠るのでなければ現実的で統一的で組織的な思想を、科学的な批判能力を、有つことが出来ない。と共に多少とも唯物論的な今挙げた人物は、殆んど例外なく、一種の評論家・批評家、ジャーナリスト・エンサイクロペディストであることによって、一般の思想家の水準を抜き得る一応の思想家だと云ってもいい。ただ、思想家=科学的批判家としての資格を、非常に厳重にすることが出来る程に、唯物論そのものが他に較べて思想の資格に於て進んでいると考えられるのである。世間の卑俗な常識をさえ無視してかかれば、唯物論が今後の唯一の思想源だということが、ハッキリ呑み込めるだろうと思う。
その証拠として、所謂観念論(自らは観念論と称さなくてもよいし又観念論反対と号しても構わないが)の各種のタイプを、その思想としての資格に於て検査して見よう。万華鏡のように、多彩な眼まぐるしい光景の内に、殆んど思想と称するに足るものがないのを読者は見るだろう。
日本の一等独創的で一等卓抜な思想家として、世間は西田幾多郎博士を推すだろう。なる程最も卓越した頭脳とか深刻な思索力とかいうものを問題にするならば、或いは博士を少くとも第一級に推さねばならぬだろう。併し吾々は今英雄伝を問題にしているのでもなければ素質の心理学を問題にしているのでもない。問題は博士の思想、哲学にあるのであって、思想は頭脳と一つではないのだ。西田哲学はなる程極めて独自なものであり、哲学史上哲学法の一つのエポックをなすものでもあろうが、そのことは必ずしも西田哲学の思想としての卓越を示すものではない。現に西田哲学が社会に就いてどういう見解を示しているかをまず見れば、このことは一等よく判ると思う。我と汝というものの関係が西田哲学による社会理論の終局の鍵であるが、一般に歴史的な社会がこういう個人的乃至倫理的人類愛的な合言葉で解明されるというような思想は、それが誤っているかいないかは別としても、決して優れた思想ではあるまい。まして之によって現在の社会の特色・矛盾・動向に就いて説をなすことは、全く出来ない相談でなくてはならぬ。その意味で西田哲学は社会思想を殆んど全く欠いているとさえ云わねばならぬ。
西田哲学の思想的卓越さを讃美する多くのファンは、博士の文章の処々に現われるような常識的な人間的真理に随喜するに過ぎないのであって、西田哲学の根本的な要点には殆んど触れないのが普通だ。又東洋的神秘思想とおぼしいものをここに見出すからと云って野狐禅めいた思い入れをやる読者も之と同じことだ。西田哲学の本質は実はその所謂「無の論理」にあったのである。だから西田学派はまずこの無の論理を使って見ることによって、西田論理が思想の形成に有効であるかどうかを実地に判定して見るべきだろう。処で田辺元博士は之を使って見た殆んど最初の人ではないかと思う。博士は現実の階級国家の背後に国家の理念を想定すべく、この無の論理を用いている。つまり現実の有的国家を無的国家によって裏うちされたものと見做すことによって、社会乃至国家の理想的な意義が、現実との矛盾なしに、合理的に解釈出来ようというのである。
なる程現実の社会を解釈するのに、無としての社会理念という無色透明なメジウムを通してやるのだから、現実はそのまま現実として再現されるに相違はなかろう。だが現実的にはただそれでお終いであって、之によって現実が現実的にどう変るのでもない。ただ現実が理念によって裏打ちされたと解釈されただけに過ぎないのである。こういうものこそが解釈の哲学・世界を単に解釈する処の哲学のことであって、無の論理はこの解釈哲学の世界解釈(それが即ち観念論的に考えられた「思想」というものだが)の恐らく一等徹底した論理組織なのである。現実の世界を現実的に処理変更するに相応しい肝心な思想のアクチュアリティーは抜きにして、単にこのアクチュアリティーをつつむイデーの・意味の・秩序を打ち立てるのが、この形而上学の特色をなしている。
今日の観念論は一般に形而上学と呼ばれるが、夫は今云ったような点で具体的な内容を示すわけで、つまり地上の秩序の代りに天上の秩序で間に合わせる思想のメカニズムのことだから、之を一般的に神学的な思想と名づけていいだろう。西田哲学が弁証法的神学(之は初め同志社大学の神学科あたりで紹介してから今日のアカデミックな宗教復興・キリスト教神学復興の枢軸をなしている)に結びついて行ったり、田辺哲学が菩薩に合致しようとしたりするのも偶然ではない。――一体西田哲学型の一般的解釈哲学(後に云う特殊な形の解釈哲学に較べて一般的な)は主にリベラリストによって支持されているのであるが、こうした神学主義まで行けば客観的な社会的価値から云って、もはや決してただのリベラリズムの哲学ではなくなって来る。
無の論理に立つ解釈哲学(観念論思想)は、無という言葉が示している通り、その論理に特別なメカニズムは含まれていないが、処で解釈哲学はその論理に色々のメカニズムを内容として挿入することが出来る。その一つの場合を文学主義と呼びたいと私は思っている。その意味は哲学がその根本的な点に於て文学化されるという現象のことであり、従って又、一般に思想そのものが、科学的な批判能力の代りに、文学的なモノローグにまで上ずり萎んで了う場合を指すのである。
云うまでもなく思想はただの所謂哲学や、又論理の骨組みのようなものではない。ただの科学的知識の集成などでもない。その意味に於ては思想はいつでも文学的な表象を伴う文学的な表現として現われる。そうであればこそ、吾々は単に科学や哲学に於てばかりではなく、寧ろ却って文芸の内にこそ、思想の具体的な姿を見出すとも考えるのだ。併しもう一遍云わなければならないが、思想とはただの観念のことではない。観念の表現された文学なら文学というものが、すぐ様思想の表現物とはならぬ。思想には思想らしくメカニズムが必要なので、之を欠いた文学は取りも直さず思想のない文学に他ならない。処で文学はいつでもそれが表現する思想内容を、文学的な具体的な表象の結合で以て云い表わす。それは当り前のことで、良いことでも悪いことでもないが、併しこの際注意すべき点は、表象必ずしも概念ではないということだ。即ち文学的表象を借りるからと云って、その概念までが文学的だということにはならぬ。概念(論理は諸根本概念の機能組織だ)はあくまで科学的乃至哲学的――実際的で客観的――である必要があるのであって、単にそれの表象に限って、少くとも文学の場合には文学的になることが許されるのに他ならない。処が今日の観念論、形而上学、解釈哲学の一派は、科学的乃至哲学的な根本概念組織――それが唯物論だ――を思想のメカニズムとする代りに、文学的表象を媒介とすることによって、文学的な根本概念組織を論理として持ち出して来る。そうすることによって初めて、思想を唯物論から救い出すことが出来ると考えるのである。
その好い例は例のシェストーフなどであって、シェストーフ選訳の監修者である最近の三木清氏達による不安の思想などは、思想の文学主義化された典型だろう。ニーチェの訳も出つつあるが、ニーチェと云いキールケゴールと云い、その思想の特色は文学主義的哲学のカラクリにあることを注意しなければならぬ。問題は決して思想の表現や文体が文学的に洗練されているだけではないのだ。而も思想が文学主義化されれば化される程、世間の卑俗な常識は之を愈々思想らしいものだと考えたがるのだから、困りものである。
観念論のこの思想現象は、文学の世界では文学至上主義に結びついて行くし、社会理論としてはインテリ至上主義に結びついて行く。必ずしも三木氏やシェストーフやに同情してはいない小林秀雄氏なども(之はブルジョア文芸評論家の内の「哲学者」の一人であるが)文学主義的な理論で物を云わざるを得ないのがその致命的な欠陥だろう。――それから社会現象から云うと、この文学主義は一連の文学者達の転向現象と本質的な連りがあることを見逃すわけには行かぬ。政治的社会的行動に於ける所謂転向はとに角として、唯物論的文芸意識そのものの転向による根本的な変質は、文学主義のメカニズムを意識的無意識的に利用したものに他ならない。
文学主義は元来、文学的リベラリズムの一つの場合に相当する。元来日本の近代文学は封建的モーラリティーに対する観念的な批判の役割に従って、一般にリベラリズムを本流としているので、特別な例外でない限り、文芸家の多くの者はリベラリストに数えられる。豊島与志雄、広津和郎、菊池寛、杉山平助の諸氏は多分最も意識的なリベラリストであるらしい。不安文学の一派も、又之が多少積極的になった能動主義の一派も、云うまでもなく自由主義者にぞくしている。而もこの自由主義の意味そのものが文学的なのであって、政治行動上の自由主義(それは必然的にデモクラシーの追及にまで行く筈だが)からは決定的に仕切られている自由主義でなくてはならないのだ。政治上の自由主義としてもここでは全く超政治的な文学的概念としての自由主義でしかない。――処でこうした文学的自由主義は、一見意外にもファシズムに通じる道を有っている。所謂能動精神にその危険があることは今日殆んど凡ての人から戒告されている点だが、不安文学なども、その良心や人間性を通してすでにモラール的宗教に到達している。そして一切の意味に於ける宗教の現在に於ける役割は、客観的に云うと、実はもはや決して自由主義ではないのだ。
解釈哲学の以上二つの典型は、その終局的な客観的効果は別として、その直接の関心から云うと、主に文化的インテリゲンチャのインテリジェンスに訴えようとする処に成り立っている。而もこの思想典型の内容が小市民層の関心に基くものであるために、社会的現実からの逃避か又は夫への不到達として現われざるを得ない。ただ西田哲学型の解釈哲学は比較的理論的なインテリジェンスの所有者に、之に反して文学主義型の解釈哲学は比較的情緒的なインテリジェンスの所有者に、愛好されるという区別はあるが。
処でもう一つの解釈哲学は之を文献学主義と呼びたいと思う。一般に言語学的又は古典学的な知識を以て、断片的に或いは組織的に、現在の実際問題に対する解決の論拠を構成しようとするやり方が之であって、日本のアカデミー哲学の殆んど大部分のものは、ドイツ語文献学か、ギリシア語文献学かを哲学的思想の検討と混同したものに他ならない。無論こういう「哲学」は何等の思想の名にも値いしないだろう。併し文献学主義が覗う処は実はもっと実際的な必要に揺り動かされている場面なのである。日本帝国の歴史的現実(?)と或る種の都合の良い思想とを結びつけるのに必要なのが、実はこの文献学主義なのだ。
独り国学のものに限らず広く儒教・仏教の古典の文献学的解釈に基いて、現代日本に於ける思想文物を批判し又は確立しようというのがその目的である。日本の資本主義の物質的機構は、こうした東洋的な古典の内容をなす歴史的範疇と全く絶縁されているにも拘らず、却ってその故に、この古典が日本資本主義の観念的機構にとって必要となって来る。普通の条件ならば日本資本主義の上に立つべき一定の精神機構は、とりも直さず西洋思想・外来思想・唯物思想として、駆除されることになるから、日本思想乃至東洋思想・精神文明等々――それは現代とは全く歴史的範疇の異った時期の所産である古典からしか惹き出せない――のための位置が空くわけなのである。日本精神主義・農本主義・大亜細亜主義のイデオローグ達のフラーゼオロギーは、皆この文献学主義の拙劣な運用に他ならない。憲法の解釈も今後この手口で行くことになるだろう。――この類型にぞくするもので、これ程露骨で拙劣でない文献学主義は和辻哲郎博士や西晋一郎博士の倫理学だろう。後者は学究的な形に於ける全くの文献学主義者であるに反して、前者はそれが解釈学(ヘルメノエティク)にまで蒸溜され、そして更に夫が人間学にまで移行しているので、一寸見るとそこには文献学主義は気づかれずに済むかも知れない。寧ろ前に云った文学主義の一亜種にさえ夫は近いようにも見える。だがこのことはすぐ見るように他に意味があるのだ。
文献学主義の観念論はその大部分が真性日本ファシズム思想に帰着する。というのは政教一致の社稷宗教、日本民族の国家的選民宗教の復興に帰着するのである。で、もし日本民族が人類の模範的なものであるなら、この日本文献学主義は必然的に日本人間学になるべき筈ではないか。之が和辻博士の「人間学」としての日本倫理学だったのである。
併し最もラディカルな解釈哲学=観念論思想は、もはや世界の解釈をさえ脱却する。そればかりではない、観念論であることをさえ止めるように見えるのである。と云うのは一身上の肉体的実践主義となって現われるのである。頭よりも肚を、知識よりも人物を、理論よりも信念を、絶対的に上に置くことから、思想は柔道や剣道や禅のように道場に於て鍛錬すべきものとなる。そして之が実践だというのである。だから政治的活動も直接行動の形を取ることにならざるを得ない。――処でこの観念論は云わば全くの小乗宗教に帰着する。問題は肉体なのだ。だから生老病死が一切の問題なのである。で、仏教復興や各種の邪教(?)や民間治療、それから之と離れることの出来ない禍福観と各種の骨相学(骨相学はナチス・ドイツなどでは重大な哲学の一部門になっている)、この観念論的ガラクタは問答無用式ファシズム思想のサンチョ・パンザに他ならないのである。――そして真性日本ファシズムの発生する社会的地盤は、別に茲に今更説明を必要としないだろう。
さて、今まで見て来た処によって、今日有力な観念論思想の主なるものが、思想の資格に於て如何に望み少ないものかということが判ると思う。尤もすでに今日では勢力を失って了った思想をも数えれば、観念論はまだまだいくつもの類型を有っているし、そればかりではなく、多少異った類別の方針も立てなくてはなるまい。例えば新カント主義の思想家として哲学の桑木厳翼博士や物理学の石原純博士など、を忘れてはならない。そしてこの二人ともが可なりハッキリした自由主義者であることも注目しなければならない。だが、こうした自由主義は今は、思想家個人としてはとに角、思想界の流れとしては、決して有力でないのが事実だ。
併し最後に一つの問題が残る。思想は云うまでもなく思想家の思想だから、思想家個人の思想に特色さえあったら、たとえ何かの思想流を代表するものでなくても、之を有力な一思想と見るべきではないか、と云われるかも知れない。併し事実上そういうことはあり得ないのである。本当に代表的な思想家は、その思想の内に何か思想的な客観的メカニズムがあって、他の幾人かが必ず之を用いることから、おのずから一つの思想流をなすものなのだ。例えば両方とも故人ではあるが、左右田喜一郎博士の下には左右田学派の思想とも云うべきものがなり立ったが、福田徳三博士の影響下に果して福田学派の思想というものが出来ただろうか。私はこういう点から見て、思想家と思想家でないものとの形式的な区別をつけることが出来ると思う。河上肇博士は普通の意味では決して独創的な所謂思想家ではないが、マルクス主義を代表することによって多くの思想上の弟子を産んだことは周知の通りだ。博士はマルクス主義的思想家の代表的な一人であることを失わない。
私は今云ったような意味に於て例えば杉森孝次郎氏を世間の云う処に倣って思想家に数えることに躊躇する。なる程氏は多数の崇拝者を持っている。併し崇拝者の数を云うなら、恐らく徳富蘇峰氏(之は思想家ではなくてただの歴史家かそうでなければ多少デマゴギッシュな文筆家に過ぎない)の方が多いだろう。つまり杉森氏は優れたイデオローグ=言論家で修辞家ではあるがメカニズムを有った思想家ではないようだ。室伏高信氏はどうかということになるが、氏も亦実は所謂ジャーナリストとしての文明批評家、或いは寧ろ文明紹介者ではあるが、思想家ではない。なぜなら氏の魅力は決してその思想の首尾貫徹にあるのではなくて、却って外部から来る諸思想の新陳代謝にあるからだ。故土田杏村氏も亦この意味に於て決して思想家ではなかった。
思想家という言葉の意味は尤も、自由に決めていいだろう。併し問題はどういう思想家が、凡そ思想というものの建前から云って、待望されるか、ということだ。その意味での思想家は、ただの学者や専門家でもなければ、言論家や趣味人、文筆家や美文家、記者的ジャーナリストやエッセイストでもあり得ない。思想のブローカーでもなければ固定観念の所有者のことでもない。――思想家は世界の科学的な批判家とでもいうものだろう。で、そういう意味での思想家は殆んど全く観念論の陣営の内には見つからないのである。世間の常識はそう聞いて不審に思うかも知れないが、それは別に不思議なことではない。元来唯物論こそが、科学的批判の武器、即ち思想の武器なのだからである。処がその唯物論の内からさえ思想家らしい思想家、イニシャティブを取る点にオリジナルな思想家はまだあまり出ていないと云ってもいい位いなのである。だがこの現状は、唯物論の道が険阻であることをこそ示せ、唯物論の思想としての資格を揺り動かすものではない。夫が現実的であり実際的である限り、思想の道はいつも険阻である。
補足
一 現下に於ける進歩と反動との意義
一
明治初年の新思想を象徴する合言葉は「文明開化」であった。試みに手当り次第に例を挙げて見ると、明治初年には『文明開化』『開化の入口』『開化自慢』『開化問答』『文明開化評林』『文明田舎問答』『開化本論』『日本開化詩』等々の著述や編纂物が出版されている。之は『明治文化全集』の文明開化論からもうかがえることだし、宮武外骨の「文明開化』という本からも知ることが出来る。今にして思うのだが、思想の合言葉として、之ほど勢を得て愛用されたものは、近代日本にその比を見ないだろう。
思想を象徴する合言葉と云ったが、その際思想と考えられるものは、当然なことながら、単に思想や思惟のことではない。所謂思考や思惟(こういうものを抽象して取り扱うのが従来哲学の類いだと考えられている)は、それ自身何かもっと具象的なものの抽象的な一結果に他ならないので、大まかに制度文物風俗等々と呼ばれるものからの抽象物なのである。具象的な思想とは、だから実は、この制度文物風俗等々に基き、之をその極めて重大な内容実質としているもののことだ。加藤祐一の『文明開化』(明治六年)の最初を見ると、散髪や洋服や帽子や靴、住居から肉食の議論に至るまで載っているのだが、こうした風俗などこそ思想の最も具象的な形態で、思想が極めて日常的な生活意識となっている場合が風俗なのである。趣味や習慣さえが、社会機構の変動が割合安定を得ている場合には、単に個人的なヴァラエティーに過ぎなくて何等の思想的価値を持たないように見えるに拘らず、それが一旦社会の変動期になると、強靭な思想的粘着力や圧力となって現われて来る。思想は一般にここまで行かなければ、本当に生きている思想ではない。最後にこの点に触れようと思うので、あらかじめこう云っておくのである。
さて明治初年の文明開化に比較出来るものは、恐らく今日の「進歩」という思想の象徴だろう。無論所謂文明開化時代にも向上進歩というような言葉もなくはなかったのだが、併し夫は今日ほどの活用は持たなかったし、又今日ほどの理解で以てこの言葉が必要とされたのでもなかった。一体文明開化という言葉は文化と略称される処のもので、この明治初年的略称が、後にヨーロッパ大戦前後を一期として生じた「文化」意識を云い表わすために、転用されたのだが、すでに阿部次郎等に於て見られるように、この近代的な「文化」の観念は、元来個人主義的人格説に立脚したものなのであり、それが大戦前後の社会化の動向に作用されて多少とも社会観的な意義を受け取り、そして最後に社会の歴史的な一活動としての今日吾々が使っている文化の観念にまで一般化されたのだが、併しこの言葉は、日本ではドイツ・アカデミー観念論の文化哲学的臭味を今日でもまだ完全には脱却していない。――がこの文化の方はとに角として、その元になる文明開化の方は、その言葉が示す通り、全く啓蒙期的な観念だと云わざるを得ない。と云うのは啓蒙という言葉(之は主にドイツ語のアウフクレールングに相当する)自身が文明開化の意味であるからだけではなく、人性を照らし明らかにするというこの文明開化なる規定の内には、必ずしも歴史的な観点が注意深く織り込まれてはいないからである(啓蒙という合言葉も亦明治初年には愛用された)。処が進歩になると、明らかに、元来歴史的な観点に立つ概念だと云わざるを得ない。
文明開化は啓蒙期的合理主義のモットーであったが、進歩は、敢えて歴史主義とは云わないが、歴史的運動の把握の上に立つ一つのモットーなのだ。前者は封建制の打倒乃至各種のその変革としてのブルジョアジー台頭の思想を(少くとも日本的に)特徴づけるものであり、後者は之に反して、資本制打倒乃至各種のその変革としての新興勢力による思想を特徴づける。言葉の意味から云えば文明開化にしろ進歩にしろ、等しく明治初年の日本の思想運動にも大戦後の日本の思想運動にも使って使えない言葉ではないが、歴史的転形の必然そのものを特に自覚せざるを得ない現代の思想運動にとっては、特別に進歩という歴史的観念を必要とするわけなのだ。
だがそれはいいとして、進歩という合言葉をフンダンに使っているうちに、一切の合言葉がそうであるが、いつとはなしに之は内容の空疎なものとならないでもない。初めは、仮に明確な輪郭と内容とを意識せしめる底の観念ではなくても、その新鮮さそのものだけですでに十分に人々を納得させ得るだけの真理のあったものでも、時間が経つに従って猫も杓子も口癖にするようになると、もう初めの新鮮味から来る真実さは失われる。現にしばらく前には文化という合言葉が夫だった。文化生活や文化住宅はまだ良いとして、文化猿股、文化何々の類になれば、もはや言語を絶するものになる。進歩という観念は今日まだそこまでは漫画化されていないが、併し、社会的存在としては可なりのロクでなしでも、口には進歩を唱え又みずからを進歩的だと説明している者なら沢山いるだろう。そこで世間の心ある人達の或る者は、抑々進歩とは何であるかという反省をし始めなければならなくなるのである。一方恰も之と平行して日本の動きが最近どうも進歩的でなくなりその反対なものになって来たという感触(之は単に感触であってまだ本当の認識ではない)から、今日は丁度そうした進歩観念の検討期に這入ったように思われるのだ。
それに、合言葉というものは極めて際どいものだ。例えば挙国一致というと、敵も味方も挙国一致が合言葉になる。何っちが本当の挙国一致かと云って挙国一致較べを始める。そういうような仕組みでファシスト達は自分達こそ進歩的だと云い始める。日本の運命を遠く大陸に開拓することは進取の気象に適ったという意味では進歩的だろうし、資本制の美点を傷けるブルジョア達(地主も含める)や政党政治家を芟除することも一つの進歩前進だろう。この意味では確かにマルクス主義は進歩的ではなく、ない処でなく正に反動的なものでなくてはならぬ。マルクス主義の時代は去った、自由主義もまた終った、と叫ぶ、市街や農村に於ける常識的文明観は、そういう気持ちに終始するのである。――ただの鯨波の声ならば、敵も味方も同じスローガンで結構なわけだ。そこで空疎になった合言葉としての進歩は、今では誰にでも利用され得る観念になりつつある。現にそういう危険に現在は臨んでいるのだ。
二
一体進歩という概念に就いては、歴史哲学的にも色々と苦情がこれまでないのではない。進歩というのは何か一定の目標・目的物を想定した上で、それに近づくことでなければならぬと考えられるのが普通だが、して見ると、この概念は歴史の目的論的仮定の上でしか意味のないものになるだろう。そしてもし歴史の目的論が何かの理由で理論的に困難であったり成立出来なかったりするならば、同時に進歩の観念も決して科学的ではあり得ないということになるのである。
歴史の動きを進歩と見るのは、非科学的な歴史認識であり、実際の歴史の動きの内に神学的な仮定や(神の世界計画図の実現の如き)倫理的評価(人格の完成や善への到達の如き)を押し込む前科学的な歴史学に他ならない、という考えである。――なる程この意味に於ける進歩という観念は結局に於て倫理的な(従って理論的な領域外の)もので、ヘーゲルなども進歩(意識の進歩)を主として道徳に於ける進歩と考えているのだが、この倫理的な評価を歴史記述の中に持ち込むことは、確かにその認識の客観性を全く見失うことだ。歴史を倫理的に説明するのではなくて、逆に倫理をも歴史的に説明せねばならぬ処のマルクス主義理論(今の場合史的唯物論)にとっては、だからこの意味に於ける進歩という観念ほど、不埒なものはないということになる。
マルクス主義は人格的自由や理想を、即ちそうした倫理的なものを、その唯物論から理論的には導き得ないものだというのが、日本の多くのマルクス主義批判者の常習的な誹謗の手口であるが、それは勿論途方もない見当違いだ。元来如何なる理想主義者や観念論者が、自由や理想や倫理的価値やを、証明し又は説明し得たか。彼等はそうした或る事実を、単に彼等一流の上ずった概念使用法で彼等の趣味に適ったような言葉に解釈して見せるだけだ。彼等と雖もこの事実の存立を仮定するだけで、この事実の証明も説明もこれまで只の一度もしていない。この倫理的なものの事実の認定(但し一流の仕方による)以外に、如何なる証明も説明も与えられたのを哲学史上私は知らない。だから何か唯物論にだけこの証明や説明の責があるかのように云うのは全く素人だましという他ない。だが唯物論は社会的歴史的な存在の構成から、如何にして特定の倫理的な価値関係が因果的に発生するかを立派に説明する処のものだ。ただ観念論者のように、例えば自由は如何にして可能なりやというような証明(?)をして見せようなどという空約束をしないだけの正直さをもつにすぎぬ。処で、もしこの種のマルクス主義批判者の云うようだとすると、進歩という概念は、それが何か倫理的な評価を意味する限り、決してマルクス主義のものであることは出来ない筈で、もし万一マルクス主義の内にそうしたものが含まれているならば、それは不徹底にも理想主義を許容したマルクス主義であり、即ち世界観として統一を欠いた唯物論でしかない、ということになる。即ち、進歩を語り得るものは、理想主義以外にはない、ということになるのである。この種の理想主義は自由主義と名乗ったり(河合栄治郎)、日本主義になったりする(鹿子木員信其他)。ここからすると、日本主義や自由主義こそ、進歩的だというわけだ。
進歩という観念のこうした理想主義的困難(?)を避けるために、今日の歴史哲学者は発展(開展・展化・発達・進化)という概念を奨励している。ディルタイなどによると、歴史には発展はあるが進歩を考えてはならぬという。之で一応例の困難は回避出来たように思われるかも知れない。併し事実は、困難が一層輪をかけて困難になって来るだけだ。なぜなら発展という概念は、与えられた糸巻きの糸が漸次にほぐれて行くというような意味であって、進歩にとって前方に目標としてあったものが、発展に於ては出発の最初から横たわっているというわけだ。ゴールだったものをスタートにしたまでで、事情は一向改善されはしない。進歩が目的論的でいけないならば、発展という有機体説的概念もやはり目的論的であることを忘れてはならぬ。違いは単にその目的論が内的か外的かということで、歴史が内的に云っても目的論的であってはならないなら、内的目的論だって歴史にとっては矢張り外的なものだ。
処でこういうブルジョア哲学で常識になっている進歩や発展の観念を、その困難から救い出したのは、他ならぬマルクス主義による進歩(それに関連しての発展)という観念なのである。今日、日常何の気もなく使っているこの言葉には、前に云ったブルジョア哲学的常識の破片の他に、この新しいマルクス主義的観念の断片が混淆していることは勿論であるが、この後の方の要求こそが、この日常語の唯一の科学的な部分だ。
ブルジョア歴史哲学による進歩や発展の観念は、根本に於て譬喩の性質を持っているが、マルクス主義による進歩の譬喩は譬喩としてももっと巧みに出来ている。それによると、歴史の車輪を前方に向って、即ち之まで転って来た方向に基いて(必ずしも一直線ではないが)転ばすことが進歩だというのである。そして之を逆に転ばそうと試みることが反動だというのである。これは誰でも知っている譬喩だが、この譬喩の科学的なうまさを今一寸説明しよう。
ブルジョア哲学常識による進歩の観念によると、現状の事物が目標乃至目的物へ向って進んで行かねばならないことになっていた。目的に向って歩いて行くのだが、これは譬えば磁極が磁石を引っ張るように、又地球が物体を引くように、一種の「遠隔作用」を仮定している表象だ。物理現象の遠隔作用ならば今日では充分に合理的に説明される可能性が示されているが(場の理論)、歴史理論や社会理論に於て遠隔作用に類するものは、現実の現状と未来又は理想の状態との間の歴史的因果必然に就いての不可知を意味するに他ならぬわけだから、つまり之はこの遠隔距離を、観念論で埋めるということに他ならぬ。――処が之に反して車輪の転回の場合には、目標からの引力などとは関係なく、車輪が地についているその瞬間々々の方向切線に沿った押す力か圧力か(之は大衆や客観的事情の力だ)だけを問題にすればよい。車輪は初めから回転しているのであって、車輪の次々の部分が順次に地上に実現して行くのである。理想や目的は、それ自身としては与えられていないので、専ら車輪の順次の部分の云わば積分として事情の進展に応じて実現可能を約束されるにすぎない。歴史の軌道はかくして描かれる。車輪は地について転ずるものである。之に反して自由落下物体は虚空を飛ぶものだ。歴史の認識に於ける唯物論的方法と観念論的方法とが、この譬喩によって、よく対比されてはいないか。
発展の説についても車輪説は巧みである。例の糸巻き説であると、糸巻きの心棒というものが永久に、発展が終るまで、いつまでも絶対的な始源になって残らねばならないわけで、歴史はどんなに発展してもつまりはこの糸巻きの圏外へは出られない仕組みになっている。之だと発展ということは実はやがてそっくり元に還ることに他ならないので、アリアドネーの糸巻きがこの説の秘密をよく物語っている。つまりテーセウスは初めから元の処へ帰る心算でアリアドネーから貰った糸巻きの糸を発展させたに他ならなかったのだ。之が非常時日本のラビリンスだと、この発展は往々にして復古主義にもなるわけであり、支那大陸への発展は肇国の初めに還ることだということにもなるわけだ。――処が之に反して、車輪自身は糸巻きと違って回転と共に本当に進んで行く。では進み去った後には何も残らないか。轍が残る、歴史が残る。之は復古的な「歴史」ではなくて、正に進歩的な発展的歴史だろう。だが進歩や発展には、そうした広義に於ける変化には、何か変化しないコンスタントなものがなくては論理的に困るだろうと云うかも知れない。車輪そのものがこのコンスタントだと考えればいいのである。実際、現実とはこの車輪のようなものではないのか。
進歩(乃至発展)に就いてのマルクス主義的譬喩を見れば(之にレーニンの螺旋説を参照してもいい)、マルクス達がいかに優れた文学的象徴の所有者であったかが判るが、無論この場合の譬喩はただの譬喩ではなくて、この概念の科学的規定を最も簡単に納得させるための譬喩である。ここからマルクス主義的な意味に於ける進歩や発展が、どのような意味に於て目的や理想をも設定し得るかということが、見当がつくだろう。つまり、目的としての目的(目的論)や理想としての理想(理想主義=ユートピア=観念論)なしに、而も進歩や発展を、目的や理想をも、科学的に唯物論的に、車輪のように地について、現実的に、解明出来るのだ。
併し、そんな事は大抵のブルジョア哲学(?)だって之まで充分工夫して考えていることだ、というかも知れない。その通りで、マルクス主義の進歩理論と云ってもそんなに突飛な別世界のものではない。だがどの哲学がこれ程判りよく、而も的確に、進歩の意味を説明し得ただろうか。西田哲学(之はブルジョア哲学の方法として最も進歩発達したものだ)的に云っても、有的目的・有的理想・有的イデー(ヘーゲルの如き)の代りに、無的目的・無的理想・無的イデーという如きものにでも頼らない限り、この関係の実際は説明出来ないだろう。処が吾々にとって現実に必要なのは、そういう無的進歩や何かではなくて、正に現実の有的進歩なのだ。何かの無的進歩ともいうべきものがあるとして、それと無的反動(一種の自由主義者達の反動性?)との間には、云わば無的区別しか実際にはないだろうことを、私は恐れる。
三
だが歴史の車輪を転じ進めることが進歩であると云っても、云うまでもなくそういう形式的な規定では、実際問題に就いては形而上学的な規定と大して択ぶ処はない。問題はその車輪が何かということだ。歴史という車両の車輪が問題なので、この車両自身がブルジョアの乗用車であるか、プロレタリア無産者の荷車か貨車であるかが第一に問題だが、併しそのためにはそのどの部分が本当に車両の車両なのかが大問題なのである。それはこういう意味だ。――
今日良い意味に於て最も常識的になっている進歩の観念は、一般にプロレタリアの利益に沿うているということを意味している。プロレタリアは国際的に自分自身の政党を有っているが、この政党にぞくし又之と共に進むことが、その意味に於て進歩的だと考えられている。同伴者的コースを辿るものでもこの限り進歩的だと考えられている。云うまでもなく之は、プロレタリアの階級が歴史の進歩発展を齎すという役割の唯一の担い手だという根本理論に基くわけで、この階級主観の政治的任務を基準にして、今日広くそう断定されているのである。
これはこれでいいのであるが、併し他方、この進歩という観念が常識的観念として充分に通用し得るためには、世間の人間銘々が自分自身に就いて感じるだろう何らか増しなものプラスのものを夫が意味せねばならぬという要求をも、この観念は満足させねばならぬので、そういう点に今特に注意を払わなくてはならぬ。厳正な意味でのプロレタリアにぞくさない多くの世間人(農民・小市民・其他)がなおこのプロレタリア的進歩性の観念を自分自身の常識用語として採用する気になるためにも、それが結局に於て自分自身のプラスとなるという結果を感じ取り得ることが必要だ。こうして進歩性とは、常識観念としては、何と云っても一つの価値的評語であり倫理的な観念に帰せられているということが、事実上の心理なのだ。そしてここからこの観念の各種の分裂・動揺が発生する、そこで世間の常識は、一体進歩とは何ぞや、と改めて問い始める次第だったのである。
ここに関係してまず大衆という概念がある。之とプロレタリアとの関係は、プロレタリアこそ大衆であるとか、世間の人間一般はまだ大衆ではないとか、という具合に機械的につき合わされるべきものではなくて、二つは正に組織的に結合されねばならぬのだが、併し普通の大衆的常識ではそうした組織的関係の理解は一般に欠けているのであって、大衆は単に多数者の集合か平均のようなものだと考えられている。そこで、例のプロレタリア的進歩性は、果して吾々世間に普通存在している大衆にとっての、大衆的な進歩性であるのかどうか、という疑問が、当然起きて来るのだ。この疑問が結局理論的には理由ないものであっても、之が起きるだろうという事情の現実そのものは、計算に入れて考えられなくてはならないのだ。
そこでブルジョア社会学の持っている一種の魅力は、一般にその極めて常識的な見地にあるということを思い出そう。と云うのは、社会は常識的には、極めて現象的にあれこれの最も手近かな事象によって特徴づけられたものだが、社会を専らそういう常識の立場から(但しアカデミックに)観察するのが、ブルジョア社会学の悪質な強みなのである。社会学なるものは今日の日本などでは、理論的には社会科学の敵ではない点好く知られているが、併し意外な処に、経済学や政治学や法律学に又抑々社会の通念的常識自身に、之は執拗にこびりついているのである。――処で大衆という概念も亦、社会常識としては全くこの社会学的な見地に帰着するもので、そして恰もこの社会学的常識ともいうべき大衆の観念が、事実大衆自身の観念になり彼等大衆の自己意識になっているのだ。そこでかのプロレタリア的進歩性はこの大衆にとって果して大衆的進歩性であるかどうか、即ち大衆の福利の増進と云ったようなものと夫は本当に一致するのかどうか、という疑問を大衆の常識は懐き始める理由があるのである。
今や進歩性はこの所謂「大衆」の、所謂「社会」の、所謂世間の、何等かの意味での好況・プラス・一般に関係づけて考えられる。この大衆にとって良いと思われる社会現象の特徴が、やがてこの大衆にとっては社会の進歩性となるのである。日本は満州進出以来、少しは良くなったと、この大衆は考える。内地で食えなくなったら満州へ行けばよい、満州には職がある(?)。軍事的勢力の緊張によって広義に於ける軍需工業の景気がよくなり、少くとも部分的には仕事も殖え労賃も増した、農村にさえも農村工業化が可能になりそうだ、等々が所謂大衆常識による現下の社会認識であるようだ(無論こうした常識はブルジョアジー、各種軍人・政治家・ジャーナリスト・学校社会教育家・達が製造して与えるものが大部分だが)。だからこうした現状を招いた勢力、簡単に云って了えば日本ファシズムは、進歩的だ、少くとも日本の困難を解決し、近い未来への希望の可能性を造り出した、日本を発展させるものは之だ、ということになるのである。
この大衆の卑俗常識を利用し、又之を助長しつつあるものが、今日の日本の治者層であることは云うまでもない。処が社会学的な常識によると、社会の階級的区別は、要するに学校にA組とB組とがあるような意味でのクラスの区別でしかない。階級の対立などは精々全く偶然な出来ごとで、市民社会の本質でも何でもない。だから社会はA組とB組との総和であり(対立ではなくて和だ)、大衆は治者と被治者との公平な総和だ。治者と被治者とを加えたのが大衆だから、大衆は両方の協調であるわけだが、同時に、どっちが支配するかということも決っているわけだ。被治者が支配をする道理はないからである。――かくて進歩性と階級的対立とはまるで無関係なものとなり、進歩は挙国一致の進歩(又は人類の進歩)になって了うのだ。
治者と被治者との対立はなくて、治者の支配しかないのだから、現象の表面に出て来るものは無論治者だけだ。そこで今進歩には何か対立物が要るということを思い出して、何とか対立物らしいものをこの社会の内に発見しようとすると、この大衆の眼には治者同志の対立しか写らぬ。既成政党の没落とか、新官僚の台頭とか議会政治の衰亡とか、自由主義の行きづまりとか、重臣ブロックの排撃とか、機関説による政府攻撃とか、統制派のブルジョア化に対する行動とか、そうしたものが大きな唯一の対立になって見える。そしてここに見られる各種形態のファシズムの動きこそが、対立の必然に基いてその相手方を克服する処から、進歩的だということになる。――例えば軍部や官僚の日本主義や挙国一致主義によって粛正選挙が行われたおかげで、無産党は初めて進出出来る、日本主義には進歩的な本質がある、否進歩的な日本主義を支持すべきだ、と云い出す無産者代表さえ少くないのだ。この偽似的対立に基く進歩の観念と、一つ前に云った挙国一致的進歩の観念とは、その本質を等しくするものだ。
右翼労働団体の大衆の内に没入して之を進歩的なものに組織するということと、単に右翼団体と提携したり之を支持したりすることとは、同じ統一戦線的実践でも全く別のことで、それはプロレタリア的組織から見た大衆と、社会学的な意味に於ける大衆との違いに一致するのだが、社会学的常識を利用しやがて又みずから之を信仰する処の社会理論家・社会実践家にとっては、そういう区別などは専ら邪魔になるばかりだと見える。
四
だがこういう妙な進歩の観念が横行しているのも、例のプロレタリア的進歩性という常識に多少の責任があるのである。と云うのはこの良い意味に於ける常識観念は、進歩性というものを専らプロレタリアという階級主観に結びつけて考えようとするのだったが、進歩的であるとか反動的であるとかいう区別を、そうした階級主観だけで決めてしまおうとすると、社会の平均的な主観ともいうべき大衆というようなものが混入して来るので、之が今日の世間的常識ではまだうまく整理されていない処から、その混乱が進歩性というものにまでも持ち込まれるのであった。で、進歩性という規定は、当然なことながら、そういう主観論的な規定からもう一歩根柢へ這入って、他ならぬ生産力の発展から規定されなければならなかったのである。
つまり社会に於ける生産力を発展させる形式を助長することか、又は特に生産力の桎梏としての形式を打破することが、進歩的なことであり、之に反するものが反動的なことだ、というよく知られた規定なのである。之は云わば進歩の経済機構的な規定なので、進歩の政治的又文化的な規定ほど道徳常識に訴える処が少ないから、常識ではあまり前面へ持ち出されないまでで、実は進歩に就いての常識の所有者は誰しも一応は心得ていることに他ならない。
だがこう云ってもなお進歩を政治的に規定し過ぎているかも知れない。と云うのは生産力の発展形式を助長するにしても、生産力の桎梏形式を打破するにしても、そういう政治的活動が結果し又目的とする処は、実を云うと要するに社会に於ける生産力の発展そのものなのである。生産力は自然的・自生的にも目的意識的にも発展するのであるが、この生産力の発展を助長し、又はそれを結果する行為や現象が、進歩的だということになる。
ここまで来て気のつくことは、この意味に於ける進歩の根柢には、他ならぬ発展という規定が横たわっているということであって、而もこの発展は単に質的な例の糸巻き式展開ではなく、何等か量的な増加に立脚しているということなのである。生産力の増進乃至蓄積という一応数量的な規定にまで、今や進歩という政治的文化的又倫理的でさえある処の質のこの所有者は、帰着するのである。生産力の増加はつまり生産性を高めることに他ならないわけで、ここで数量的乃至量的と云ったものはやがて直ちに質的な規定に転ずるものに他ならぬのだが、とに角進歩というような文化的な又は文学的な観念を、こういう数量的な規定(それは併しいつも質的規定に転化せざるを得ない)にまで辿って行けるということは、大切だ。なぜならこうして初めて、進歩という観念は科学的概念になるのだから。
尤も何も生産力の量質的な規定だけが進歩の科学的規定だというのではない。ただそういう規定を充分自覚的に想定した上での、プロレタリア階級的・政治的、文化的又道徳的(又文学的)な進歩の概念が、初めて科学的な概念になる、というのである。
処でこうやって進歩という概念に就いて云わば駄目を押して見て判ることは、この簡単な観念そのものの中に、実はいくつもの関節が含まれていたという点だ。つまり、単純に生産力の関係から云って一応進歩的と規定されることでも、階級的政治的には典型的な反動に他ならぬ場合も極めて多く(例えば日本による満州や支那の資本主義化)、階級的政治的に一応進歩的に見えるものも、文化的道徳的には反動的な規定を有つ場合も少くない(例えば文化運動に於ける公式的政治主義の如き)。特に例えば自由主義など、プロレタリア階級に関わる政治的見解としては、その反ファッショ的特色にも拘らず、直接に反動的な意義を持っているので、之は自由主義的政党を実際に造って見れば、現実的にプロレタリア的政党自身の発展を妨げるだろうことから、証明されるだろう。処が之に反して、この同じ(?)自由主義も、文化的道徳的な形態に於ては(私は夫を文化的自由主義と呼ぼうと思うが)、その或るものは(皆が皆までそうではない)、それが文化的道徳的関心に止まって政治的な具体化を得ない限度に於て、充分進歩的であり得るだろう。こうした事実(之は実例のある事実だ)は、進歩という観念が変哲もない一本調子なものではなくて、いくつものフレキシブルな関節を有っているということから、初めて説明出来ることだ。
だが今云ったことをよく考えて見ると、進歩というものが、無条件に絶対的な進歩であるのではなくて、それ自身の内に反動への転化の可能性を蔵している生き物だという、リアリティーに就いてだったが、試みに之を逆にすれば、所謂反動にも何等か進歩性への可能性という契機が含まれてはいないかが問題になりそうだ。だがそれはスコラ的な思弁にすぎない。反動は進歩の一契機としてしかないのであって、進歩が反動の一契機としてあるのではない。歴史はそれ自身進歩だからだ。凡ての反動は、悪を欲して遂に善をしかなし得ないメフィストにしか過ぎない。問題はいつもメフィストが、反動が、なげかけるのだが、それを解くものは反動性ではなくいつも進歩性の側だ。進歩の観念自身がいつもそうしたオプティミズムを要請しているのである。――進歩でも反動でもなく(進歩の外観を装わない反動はない)、却って進歩そのものを懐疑するものの反動性に就いては、併し別に論じるべきだ。
五
進歩そのものが社会的に何であるかを中心にして見て来たが、逆に、現在のこの社会そのものの進歩性に就いて、まだ重大な問題が残っている。現在の日本はマルクス主義の退潮期であり、日本ファシズムの発達期であり、その意味に於て現下の日本の社会は反動期にあると云われている。之は一応の意味に於ては正にその通りだ。仮にこの反動期が進歩の取消しではなくて単に進歩への回り道であるにしても、現在が反動期という全体的特色を持っていることは、否定出来ない事実である。
だがマルクス主義が退潮したということは本当は何を意味しているのか。それはマルクス主義的政党及び組合の勢力の破壊と、それを囲む文化的政治活動組織の破壊とを本来意味する筈なのだが、併し世間の実際の気持から云えば、之に加えて、或いは寧ろ之よりも手近かに、一般にマルクス主義的風潮の流行が衰えたということなのである。左翼思想犯人はブルジョア新聞紙上ではもはや何等の英雄でもなくなって、泥棒やギャングの類いとして待遇され始める(今日の英雄は右翼団体的乃至日本主義的〔連中〕だ)。これは新聞が世間のその日その日の常識を反映したものであると共に、新聞が世間をそういう風に教育しているということでもあるが、おかげでシンパも減ったろうが、マルクス主義の野次馬も減ったのである。マルクス主義が反省の時期に這入ったことが、所謂反動期の意味である。
マルクス主義は誤ってはいなかったか、という形の反省ではなしに(そういうタイプの転向者も決して少くはないが、夫はマルクス主義としては問題の圏外にぞくする)、マルクス主義理論を如何にして基本的な教養によって精錬し之に実用的なフレクシビリティーを与えるか、という反省の時期に這入ったのである。政治的進歩性のモメントは退潮したが、それに基く流行の下火によって、それだけ文化的道徳的な課題としての進歩性が強化されて来たというのがこの際大切な要点なのだ。
今日こそマルクス主義理論は常識化され日常化され、その意味に於て道徳化され気質化される時であり、又現にそうなりつつある時期なのである。その意味に於て初めて、夫が思想化しつつある時代だとさえ云ってもいいのである。今やこの機会を利用してマルクス主義は、又唯物論は、大衆のモラルとなり大衆の気分となり、やがては大衆の風俗とさえなるように、地道に大衆の身辺に浸潤する時期なのである。「進歩」が生きた思想にまで化すためには、現下の事情は却って欠くべからざる条件なのだ。之は将来のための見えない力となるものだ。と共に、今日こそマルクス主義理論が、理論として可能な限りに於て、専心に研鑽され整備されるべき時期なのである。又事実そうした理論上の問題やトラブルを、丁度一九〇五年以降のロシアの反動期がそうだったように、現在の日本は吾々に沢山なげかけているのを読者は知っているだろう。云わば、現在はマルクス主義の文学と哲学との時代だ。無論之は決してただの反動期やただのマイナスではない。歴史の進歩はころんでもただは起きない。
労働組合運動及び政治運動に就いては私は今述べることは出来ない。インテリゲンチャにとっての課題については、一つの必然的な結論がある。進歩性の今日のこの文化的道徳的形態は、あたかも進歩性のインテリゲンチャ的形態に他ならない。進歩的活動は今日インテリジェンスの活動に俟つ比重が著しく多くなって来た。それを吾々は見て来たわけだが、ここにインテリゲンチャの今日の所謂反動期に於ける役割に就いての、一般的な見透しがあるだろう。――徒らに反動期や退潮期を論じるべきではない。又徒らにインテリの動揺や困惑や絶望やを説きたることは無意味であるばかりでなく誤謬だ。この時期故に不安になったり動揺したりするインテリは、抑々自分のインテリジェンス・このインテリの特有機能・について、何等の社会的自覚を持たない者で、つまり彼等はサラリーマンや学生や何かにはぞくしても、範疇としてのインテリゲンチャにぞくするものではない。そういう「インテリ」にかかわり合っている限り、「進歩的インテリゲンチャ」という観念は遂に成立しないだろうと私は思う。反動期こそ、幸か不幸か、インテリの特有な進歩性が動員されねばならず又動員され得る処の、一つの時期だ。
二 大衆の再考察
映画は大衆的な芸術だと云われる。或いは又股旅物やチャンバラは大衆文学だと云われる。処でここに云う大衆なるものの意味をつきつめて見ると、一見計り知ることの出来ないような奥まった諸現実が、伏在していることを知ることが出来るのである。単に極めて多数の世間人の嗜好に投じるとか、その関心を呼び起こすものだとかいう、そうした多数の原理では説明し切れないものを吾々はそこに見出さざるを得ない。現に少くとも、世間の多数人は、単に多数であるだけではなく、経済的には比較的又絶体的に貧困な無産者であるし、政治的には無力な被治者であるということが、社会の現実の事実だ。而も偶々多数者が無産者で被治者であるのではなくて、この社会に於ては、云わば多数者であるが故に無産者で被治者であるのと同時に、無産者であり被治者であるが故に多数者であるのである。でここに大衆に就いて、二様の、或いは寧ろ二段階の、観念が発生する。一つは大衆を単に社会の多数者と見る観念であり、一つは之を更に経済上の無産者乃至政治上の被治者として、見抜く処の観念である。前者は云わば社会学的(敢えて社会科学的とは云わぬ)概念であり、後者は社会科学的概念だと云って区別することが出来るだろう。
普通映画の大衆性とか大衆文学とか云うのはこの社会学的概念の方で、之に反してプロレタリア文学の大衆性とか大衆的利害とか云う場合はこの社会科学的概念の方を指すようである。――処がこの基本的な区別をめぐって、色々のニュアンスのある大衆概念が成り立っていることを忘れてはならぬ。まず第一に大衆をモッブ(愚衆)と考える常識的な考え方が存する。尤もモッブという呼び方は、社会に於ける総大衆という一種の想像された実態を指すことから始まるわけではなく、実は、或る時或る場所で、自然的に又は一定の人為的作為に基いて自然的に成立する処の、不規則無訓練無秩序の所謂群衆という個々の現象を指すことに始まるのであって、群集がその心理と行動とに於て、軽躁であり原始人に類し付和雷同性に富んでいる等々という事実を、モッブという言葉で云い現わしたのであるが、そこから、社会に於ける多数大衆も亦、恐らく夫を集合させればかかるモッブ性を持った群集でしかあり得ないだろうという規定に立って、大衆即ち愚衆という観念を惹き出すわけなのだ。かくて愚衆なるものは大衆の社会学的概念の一代表である。
この愚衆的大衆の特色は今も云ったように、結局その無組織性に存する。だが之は決して、愚衆の各個人が他人から自由で独立で勝手に振舞うということではない。却って雷同性こそこの群衆心理の何よりの特徴だとされている。でつまり愚衆各個人は自由独立というような積極的個人性を持たないことが、そういう意味に於て消極的な人格しか持たないことが、この無組織ということなのだ。この無組織は自由勝手な個人を原理とする個人主義や個人主義的絶対自由主義を意味する無政府主義などとは、正反対なものにぞくする(所謂自由主義は可及最大の自由を求める)。従って愚衆の観念は一種の貴族主義的賢者の観念に対立させられる。貴族主義にも色々あって、寡頭政治的貴族主義もあれば階級身分の標榜から来る夫もあれば、趣味に於ける貴族主義もある。ここで云うのはまず第一に、技能や精神力に於て抜群なものを尊重する処の精神的貴族主義なのである。そして一切の貴族主義は要するに、この精神的貴族主義にその合理的根拠名目を求めようとするものだ。
この精神的貴族主義、即ち「賤民」に対する貴族の評価は、多くの文学的乃至倫理的貴族主義となって、経済的・政治的・社会的・文化的・貴族主義の外被をまとうことなしにも現われてくる。古くはストイック派其の他の倫理や降ってはショーペンハウアーやニーチェの哲学、ロマン派的天才概念や各種のエゴイズムやエゴティズムなどが夫だ。文芸作品の主人公にもかかる形の貴族の典型は極めて多い(例えばトゥルゲーネフのバザロフ、スタンダールのジュリアン・ソレルなどがそのやや近代的なタイプだ)。処がこの文学的乃至倫理的・精神的・貴族主義、即ち大衆のこの形に於ける賤民視・愚衆視は、実はやがて一切の経済的・政治的・社会的・文化的・愚衆の概念をば産み出す処の、精神上の淵源となっている。例えばニラ的形態の所謂ブレントラストは実は単なる技能上のブレントラストではなくて、経済的貴族たる金融資本家の夫であるし、政治的貴族としては重臣其他のものがあり、社会的貴族としては位階勲等の主体などがその例である。文化的貴族としては国家の学殖ある番頭達が存する。そして之等のものが凡て、愚衆・賤民としての大衆に精神的貴族として対立せしめられるのである。
選ばれたる民の観念は必ずしも民族宗教に固有なものではなく、殆んど凡ての祖国信念につきものだ。祖国愛が祖国文化への愛となったり(東夷西戎南蛮北狄や外来思想や外国文明の観念の類)、夫が祖国の使命となったりする時(世界文化の指導者や東亜の盟主の観念の類)、いつもこの選民的貴族主義が現われる。だが夫は今は省こう。今何より注意すべきは選良(Elite)乃至盟主(Duce)の観念である。エリート乃至デゥチェは一方に於て精神的貴族であると共に、同時に他方文化的・社会的・政治的・経済的・貴族であることを意味する。その政治的表現は(広義に於ける)所謂ファシズムの政治哲学の第一原理をなすものであって、「党主」ムッソリーニや「指導者」ヒトラーという原理(!)が夫れだ(一般にファッショ哲学では固有名詞が自称原理になり得る。例えば「日本主義」の如き。処が例えばアメリカニズムは他人がつけたニック・ネームに他ならない)。尤も、所謂ファシズムに於ては(一切の形態の限定づきのファシズムに於ては別だが)、かかるファッショ的最高貴族は人格的個性のイニシャティヴを有っているので、まだ完全な神秘的神聖味を有つまでには至っていない、その権威はまだ全知全能性を有たないのである(帝政ロシアのツァールやローマ教皇も之が個人的意志の積極性をもつ限り、やはり神聖な全知全能性を欠いている)。
指導者とは無論大衆の指導者だ。と云うのは大衆はこのファシスト的最高貴族によって初めて秩序と組織とを与えられる。大衆に秩序と組織とを与えるこの指導者は、だから一見大衆のためのものであり大衆自身のものであるかのように取られ得る可能性を有っている。実際この可能性があってこそ初めて、大衆は指導者の下に組織され得たし又得るのである。だから例えば中世的大衆はこの意味に於ける組織は持っていない。大衆に地盤をもつかのように、或いは大衆の組織化であるかのように、見えることが、ファシズムを単なる強力絶対政治から区別する一つの特徴なのである。――だが、ここにいつも一つの錯覚が横たわっている。指導者の概念は、無組織な大衆の概念に対立してこそ初めて成立するのであった。この大衆が自分の内に組織を有ち得るのも、だから、却ってそれが初めから終りまで愚衆であり賤民であるからにこそ他ならぬ。つまり大衆は自分自身で組織を持つのではなく(夫が自分自身で組織をもつなら無組織な大衆としての愚衆ではないはずだが)、如何に大衆が自発的に組織的行動をやったにしても、その自発性そのものが或る注文による自発性であれば、到底自分自身のものと云うことは出来ない筈だ。
かくて盟主や選良に対立させられたファシスト的大衆の観念は、例の社会学的大衆概念の、今日最も活動している現代的形態なのである。現に最近のドイツでは、国民の九割八分何がしの多数と云うことが、かかる大衆の唯一の実質なのだ。
大衆に自分自身による組織性を認めないことが、所謂ファシズムによる大衆概念の特徴であるが、その意味に於てこの大衆はそれ自身に於ける合理性を認められていない。血液や信念や肚や人物の類だけが、凡そこうした大衆の内に見出される一切のヒューマニティーでなければならない。――大衆にとに角一応の合理性を認めるためには、大衆のヒューマニティーをその悟性(Understanding)の内に見出さなければならぬだろう。近世イギリスの人間論はこの人間悟性論を中心として発達した。之はやがて近代自由主義とデモクラシーとの哲学的原理となったものだ。フランス大ブルジョアジーのモットーたる自由平等がこの悟性(レーゾン)に由来することは断るまでもないだろう。この悟性を原則として大衆の個々人は自由に計算し自由に意見を発表し又討論し、そして世論を構成し得るものだと想定された。ここに大衆はその無組織性を一応脱却して、とも角一種の合理性・組織性を獲得するのである。
だがそれにも拘らず、ここには依然として多数原理が大衆の概念を支えている。一人が一票を意味することによって、大衆はかかる票数の総和として観念される。大衆はここでも依然として、単なる多数に他ならず、ただ夫が単に機械的な合理性しか持たぬ乏しい組織を獲得したに過ぎぬ。……各段階の制限選挙(対普通選挙)のもつ質的な効果も実はこの数量の機械性を適宜に利用した結果だと云わねばならぬ。
比較的小選挙区に於ける定員制の弊、比例代表制の必要など、得点数と当選数とが平行しないという矛盾に基くのだが、夫は、ここでの大衆がもつ機械的組織がこの資本制支配社会に於て現実に受け取る処の矛盾に他ならない。だからこのデモクラシー的大衆概念も亦、結局例のファッショ的愚衆の観念と同じく、それがあくまで単に多数原理に基く限り、社会学的なものを出ない。
デモクラシー的大衆の観念は、その各個人の悟性の啓蒙を想定した上でなければなり立たないのであるが、実際問題としては、最大多数の大衆が最もよく啓蒙されるというわけではないから、前に触れた愚衆乃至モッブの性質が、ここにもまだ残っていることを見落すべきではない。ファシズムは従来のデモクラシー乃至自由主義に支配されていた大衆の内から、その愚衆的乃至モッブ的残滓を誇張すると同時に、事実之を愚衆乃至モッブとして利用したのであるが、デモクラシー乃至自由主義は之に反して、この愚衆性乃至モッブ性の漸次的な減退に希望をつなぐものだ。之が自由主義の用語として(他の場合の用語としては別だが)進歩の概念である。にも拘らずこの残滓の事実は何人も承認しなければならぬ処だろう。
デモクラシー的大衆の愚衆振りは、その被デマゴギー性とでも云うべき処に現われる。大衆各個人にとっての啓蒙作用の不足、即ち悟性の未熟は、彼等が自分の実際的な日常利害とは別な利害観念乃至興味を有つということに現われる。彼等の観念が充分に現実的でなく物質的根柢を離れている処に、彼等の妄動の可能性があるのであるが、之を政治的に支配者が強調し利用することが所謂デマゴギーなのである。この被デマゴギー性が、このデモクラシー的自由主義的な大衆観念の把握に際して欠くことの出来ないものだという点を、予め力説しておく必要があるのである。
処が云うまでもなく大衆の日常の現実的利害は、或る時間を経るに従って、人によっては早く又遅く、やがて大衆の利害観念を訂正しないわけには行かない。之は自由主義者が往々考えるように大衆の悟性が進歩したからではなくて、逆に現実の関係が発展して夫と観念との関係が訂正された結果であり、其結果が偶々大衆の所謂進歩ということなのだが、とに角、之によってデマゴギーは一つ一つ効力を失って行くことになる。デマゴギーはもはや大衆支配者にとって有効でなくなる。なぜなら〔支配者は〕デマゴギーの意識的な発布者としての責を取らねばならなくなるから。――之は当然な事で判り切ったことだが、併しここからデマゴギーに新しい機能が与えられ始める。と云うのは〔支配者は〕自分みずから発するデマゴギーに対する大衆からの批判そのものを、逆に却ってデマゴギーと呼び返すことに考えつくからなのである。かくて流言蜚語とその取締りとが〔支配階級の〕一大方針となる。大衆は今や、デマゴギーに動かされないと見ると、逆にデマゴギーの流布者と見立てられる。
だが流言蜚語すると想定されたこの大衆は、実はもはや例の被デマゴギー性をもつ妄動する愚衆やモッブではあり得なかったわけだ。なぜなら〔支配階級の〕発布するデマゴギーに対する、大衆側の批判こそこの所謂流言蜚語だったからである。だから之は実を云えば流言蜚語ではなかったので、夫が流言蜚語だ、というデマゴギーが新しく〔支配階級〕から発布されたということに他ならない。でこうして事実上、大衆はその一通りの被デマゴギー性の残滓にも拘らず、大体に於て、悟性的な政治的見解を持てるものだと想定する理由が、デモクラシー乃至自由主義の側にあるわけなのだ。少くとも大衆は真理に近いものを語ることが出来る、というのである。
今回〔一九三九年〕の総選挙の事例はこの点を裏書きするように見える。所謂非常時の呼び声にも拘らず、社会の一般通念では一応非常時主義に反対するものと考えられている無産派の議員が、その絶体数を問わないとすれば、たしかに眼立って進出した。之に反して日本主義的代議士候補者は一二の例外を除いて悉く失敗した。之はデモクラシー的大衆の悟性を物語るものだ、と考えられる。悟性による被説得力が大衆の内に発育しつつあるとも考えられるのである。或る者は之を政治教育の成功の結果だと云い、又或る者は之を新官僚的粛正選挙のおかげだと云う。慥かに一応そうであるに相違ないだろう。
だが、之だけの現象を基礎にして、機械的概念であるこの大衆を買い被ることは、甚だ危険なことだ。第一この大衆は、所謂無産政党なるものの新官僚や軍部的色彩所有者との結合を、想像して見ることも知らないのである。今日の無産政党そのものが社会ファシスト的(一種の国家社会主義的)用意のあることを、覚ってはいない。すでにそれが明らかである時に依然として之を覚らないとすれば、そうした大衆は、このデモクラシー的に表現される限りの大衆は、或いは半永久的に之を覚る機会を有たないかも知れない。つまり之は結局に於て、決定的な時期に、ファシスト的デマゴギーに引きまわされる大衆に他ならぬと云わねばならぬかも知れないのだ。だから無産政党が真に無産政党に止る限り(往々日本主義者までが無産派と呼ばれることもあるのを忘れてはならない)、デモクラシー的大衆は決して無産派の限りない進出を齎らすものではないだろう。――この大衆は単に旧い政友会的民政党的デマゴギー、乃至新しすぎる日本主義政党的デマゴギー、を信用しなかっただけで、その充されない政治的意見のエーヤ・ポケットを、新しい「無産派」の主張で以て、偶々埋めて見たまでで、之がデマゴギーであるなしはさし当り関与する処ではなく、従ってファシスト的デマゴギーも、もしそれが単に〔無産派的なら〕いつでも之に代わって採用されることが出来るに相違ないからである。
以上は単に実際からの一例に過ぎないが、これだけでも、デモクラシー的大衆の機械的な組織性が、自分自身による組織として見れば如何に脆いもので又如何に限度の狭いものであるかが、例証されるだろうと思う。単なる議会政治主義や(名目にすぎぬファシスト的デモクラシー?から実感に基く自由主義的デモクラシーまでを入れて)又やがて社会民主主義に於ける、大衆なるものの意味が之だ。そしてこの合法的な議会政治主義が、如何に合法的にファシズムそのものを齎したか、又社会民主主義がファシスト政権の確立に如何に絶大不可欠な要因であったかは、イタリア・ドイツ・其他の国の歴史的前例で判断することが出来る。――社会学的大衆概念、単なる多数原理に基く大衆の概念、の不充分さの現実的な意味は、ここに明らかだろう。
そこで次に社会科学的な大衆概念はどうかということになる。之は単に多数なのではなくて、無産者であり被支配者であるが故に多数であり、又逆に多数であるが故に無産者で被支配者だったのである。この多数という量は、経済的政治的又社会的文化的な質を有っている。この質とは大衆そのものの自分自身による組織の力のことに他ならない。ここに初めて大衆の凡ゆる意味に於ける積極性・自発性が横たわる。なぜなら大衆はここで初めて、自分自身で自分を組織する社会人群の謂であり得るからだ。――でこの意味での大衆は同時に大衆組織の他ではない。大衆は単にのべて一様な機械的な多数でもなければ、まして無組織なケオスたるモッブの類でもない、夫は組織だ。みずからによる組織のない処に大衆はない。
だがそうは云っても、すでに組織されたものだけが大衆だと云うのではない。それならば大衆は、多数のただの一部分乃至一小部分になって了って、大衆どころではなく一宗派に終って了わざるを得ない。事実こうした大衆の概念が、一頃往々にして社会科学の門に潜入した。極めて意識の高いプロレタリアのようなものだけが大衆だと云わぬばかりの大衆の観念が、なくはなかった。併し云うまでもなく未組織大衆も亦大衆である。否日本の現状に於ては未組織(組合的には云うまでもなく又頭脳的にも)な大衆こそ大多数なのである。――で大衆の組織とはすでに組織され終った大衆ではなくて、一部分組織され、他の(恐らく大)部分はまだ組織されないが併しやがて組織されるべき方針におかれている場合の、無産者的被支配者の全多数のことであり、従って又おのずから社会全員の内での大多数のことでなくてはならぬ。――この組織とは、もう一遍云うが、社会の多数が同時に無産者であり被治者であるということを介して、初めて可能になる組織のことだ。この組織があって初めて大衆は大衆となる。
併しここで注意すべきは、この大衆と雖も決して、単なる多数、という規定を失っているものではない、という点である。というのは、大衆文学の読者大衆と雖も、映画の観衆大衆と雖も、こうした大衆の、こうした組織の、問題外ではないというのだ。だから又、ファシズムの大衆化という、吾々の最後の概念からすれば明らかに不当と云う他ないような現象も亦、厳然たる可能性を有った事実であることを忘れてはならないのである。ファシズムが大衆的地盤から発生しなかったような国に於ても、だからファシズムの大衆化という点、少しも例外ではないわけだ。――と同時に大衆の議会的活動、ブルジョア・デモクラシー活動も亦、だから大衆の今日欠くことの出来ぬ活動の規定の一つなのである。議会に於けるデモクラシー的(社会学的)多数が、社会に於ける社会科学的大衆と、直接の連関があるという単なる一個の事実を、決して軽んじることは出来ぬと云うのである。
すでに組織され終った部分が、大衆の極小部分であっても、その組織の進行が方針に沿うて進みつつある場合には、之は明らかに活きた大衆組織であり、そこに大衆への道が、大衆性が、横たわる。少数者が大衆性を有ち得るのは大衆のこの機構によるのである。之がファシスト的少数者(指導者其他)と根本的に別であることは云うまでもないので、例えばイタリアのファシスト党が多数の地方諸団体(之がファッショの初めの意味だが)から順次に総合されて来たにも拘らず、ファシスト政治支配が成り立った暁には、すでに無産者的被支配者的多数の組織を極力妨げる一切の手段を採用しなければならぬのを見れば、この間の消息は明らかだ。
大衆が、多数であると共に多数以上のものであり、そこから一見多数の規定に反するような色々の規定が出て来ることが出来るということが、今日とにかく大衆という観念を曖昧な困難なものにしている。大衆はある場合には(それが支配にとって必要な場合には)慥かに愚昧だろう。又或る場合には(大衆がみずからを支配するようになっても)大衆は平均すれば他ならぬ平均値の卑俗なものであることを免れないだろう。だがその総てに拘らず、大衆がみずからの支配者となる時、即ち大衆が大衆自身のものとなる時、大衆は新しい価値の尺度だ。――大衆なるもののパラドックスは歴史的にしか現実には解けないが、それの分析的な観念上の解決の一端を私は簡単に試みたのである。
三 自由主義・ファシズム・社会主義
今日の日本の社会思想と云えば、自由主義とファシズムと社会主義との三つである。之を単なる思想としてみれば、自由主義・日本主義・唯物論の三つだと云ってもいい。併しこのいずれもが夫々単に思想であるばかりでなく、又社会的存在であり社会的動きであるのは云うまでもない。と云うのは、之等の思想はどれも多少とも形をなした思想体系を有つと共に、それが発生する階級的乃至社会層的地盤に基くものであるが、この地盤に基いてこの思想体系とその社会的運動とを担う担い手としての社会階級乃至層があるのである。で、このどの社会思想も、その思想体系・運動様式・社会的地盤・主体(思想乃至運動を担う担い手)との四つの主な点から観察されねばならぬ。
一
便宜上、自由主義を、その思想体系の動機をなす処の各種の源泉によって分類することから始めよう。尤も厳密な意味に於ける思想体系をもっているような自由主義は、その場合が、特に日本などでは極めて少ないのだが、併し一応は形成可能な限りの体系までも持たないような思想はどこにもない筈だ。自由主義の体系は略三つの源泉から理論的に動機づけられていると考えられる。
歴史上最も古く理論的動機となったものは経済上のレーセ・フェールである。之は広く知られている通り、近世資本主義社会に於ける個人の自由の観念に裏づけられているものであるが、この点一般に自由主義の共通な裏づけであって、ここだけの特色ではない。今の場合の特色は、この人間的自由が資本的経済人としての人間的行動の自由(企業・交易・それから取引契約の自由)がその中心となっているということだ。だから之を一般の用語を借りて「経済的自由主義」と呼んでおこう。之は上昇期に於ける資本主義の一般的な特徴をなすもので、この根本精神は資本主義と共に生き永らえるものではあるが、元来半封建的な官僚の支配を条件として発達して来た日本の社会では、この自由主義も決して充分には発揚されなかった。処が之は日本だけに限らぬのは勿論だが、独占資本主義の時代に這入ると共に、各人の資本家的自由は、資本家の内でも特殊に少数な寡頭大資本家だけの自由にまで、或いは寧ろ資本家自身の一身的自由の代りに資本そのものの自由にまで、変質して来た。今や資本主義そのものが、その経済的自由の精神を保ちながら、而も現実の形に於てはこの自由の社会的制限として、統制経済を導き入れて来た。近年この点は日本に於ても特に著しいことは人の知る通りだ。
之は決して資本主義の廃棄や又実はその改良でさえなくて、資本主義そのものの本質の強調に他ならないのだが、それにも拘らず今日のこの資本主義に於ては、この経済的自由主義が、その元来のままの形では通用しなくなったのは事実である。で今日の日本では経済的自由主義は思想としては殆んど全く無力になったと見ていい。ただ統制経済と自由経済との撞着は増々著しくなって行くので、小商人層の商権擁護や反組運動やデパート襲撃、等々というような運動となって現われている(世間では又統制経済に対する自由経済反対を、敢えてファシズム反対という処にまで結びつける。そして之を自由主義と呼ばないのでもない。だがこの種の経済的自由主義は、何と苦しい「自由主義」ではないか)。併しこの運動は遂に天下の客観的大衆に抗することは出来ないのだから、将来への展望を有たないので、少数の小市民の無体系な同情や商工省的政策以外に、思想としての体裁を、体系を、持つことが出来ない。経済的自由主義は思想としては過去のものだ。
第二は「政治的自由主義」である。之は元来経済的自由主義の直接な政治的結論だったのだが、結論は前提とは可なり独立に動くようになるものである。政治的自由主義は大体、民主主義(ブルジョア・デモクラシー)のことだと云っていい。大体というのは、デモクラシーの方は台頭期のブルジョアジーの政治的イデーであるとすれば、自由主義の方は主として資本主義の没落期や又は大きな抵抗に遭遇した場合の、受動的な政治的自由主義を指すことが往々だからである。今日日本で普通考えられている所謂「自由主義」は、だから、必ずしもデモクラシーのことではなくて(そういう積極的な政治的自由主義ならば現下の日本の社会主義も亦、自分に必要な一段階と認めるだろう)、主にこの消極的な政治的自由主義のことに他ならないのである。いずれも政治的自由主義ではあるが、これがこうした積極面と消極面との二面をもっているので、それだけでもこの自由主義に対する進歩的な処置には多くの問題が含まれて来るわけだ。
現下の政治的自由主義が主にこの消極面のものであることから、今日の自由主義の一つの著しい特色が導かれている。と云うのは、今日の自由主義者の大多数は、かつての多少は積極的な攻勢をもって来た伝統にぞくするブルジョア(又地主を含めて)政党自身に身をおく者ではなくて、之から比較的独立した言論家に過ぎないという点に注意する必要があるだろう。馬場恒吾、清沢洌、長谷川如是閑、更に尾崎咢堂さえが、そうだ。そしてこの特色は更に、この自由主義が殆んど何等の思想体系としては現われずに、主として自由主義的気分として現われているという、もう一つの特色ともなっている。如是閑の如き思想家は体系を持っているが、その体系は自由主義を体系づけたのではなく、何か他のもの(ブルジョア唯物論?)の体系に他ならないのだ。如是閑が自由主義者と呼ばれたのは(今は必ずしもそうは呼ばれぬかもしれぬが)、正に読者が氏から受け取る気分からそう命名されたがためだ。
ここで異彩を放っているのは河合栄治郎だろう。氏は日本に於ける自由主義体系家の殆んど唯一のものだ。氏の体系の理論的動機づけは寧ろ理想主義的・倫理的な源泉のもので、その点次に述べようと思う第三のリベラリズムにぞくするが、併しそれであるが故に正に氏の政治的自由主義は珍しくも思想体系を持っているのである。氏は例の経済的自由主義(氏によると第一期自由主義)を採らず、却ってこの自由の社会主義的統制を提唱する。夫が第三期の自由主義としての社会主義だという。だがこの自由主義的社会主義(?)は、日本に於ては殆んど何等の政治的活動とも結び付いていないようだ。之は事実上、右翼社会民主主義(恐らく社会大衆党の一部)と近いものだろうが、この大学教授の思想体系とそうした運動や運動の主体との関係は事実あまりないらしい。――この点前に云った気分的自由主義と社会的には大した変った存在ではない。尤も気分的自由主義は、もっと極端で、こうした政治的活動からさえの自由(政党其他からの自由)のことであるかのようにも見えるのである。
だが気分的自由主義の何よりの強みは、社会の一部の常識を代表しているということだ。そういう限りの一種の大衆性を有っているということである。それが気分的であるのはつまりこの一種の大衆的常識を忠実に反映しているからだろう。そしてこの常識は明らかに小市民の一部のものの所有であり、主に言論能力を有った中間層の一部の政治常識に照応しているものだ。気分的自由主義者の大多数が、新聞記者出身であるのは決して偶然ではない。かつて自由民権時代に封建的な支配の残滓と命がけに闘争したのは新聞記者の内に多かったのである。
処が、より広範な政治常識、普通選挙の今日殆んど一切の平均値的な政治意識の所有者の常識、に相応するものは、この言論的自由主義ではなくて、この言論を中心とするかのように見えて併し皮肉にも夫とは何の実質的な関係もない処の現在の議会政治的デモクラシー(「立憲主義」)なのである。之もたしかに政治的自由主義でないのではない。自由主義が立憲的議会制度という政治制度を意味する限りはそうだ。独裁制に対する議会制度が、俗に自由主義だと考えられている。
併し今日の日本の議会制度は、まだ議会制度としても事実上可なりの程度にまで〔ファッショ〕化されていることに平行して、この制度そのものが政治的自由主義とは殆んど独立なものに転化して了っている。政府や官僚や軍閥が議会やブルジョア政党の自由主義を抑制しているばかりではなく、大事なことには、議会やブルジョア政党そのものが、議会制度の名目と、又実際には或る程度までの実質とにも拘らず、そういう政治形式とは独立に、自由主義ではなくて他のものになっている。之は云わば議会制度を採用した処の一種のファシズムなのである。ファシズムを独裁制という政治形式だけから考えることは許されないので、政治形式としての独裁制を取らない処のファシズムは、イギリスにもアメリカにもフランスにもあるのだ。
にも拘らず現下の日本では、この立憲的ファシズム全般をなお「自由主義」のものだと考えている。そこに大きな錯誤があるのだ。自由主義の本質の認識を迷わせる通俗的な原因の大きな一つは之だ。のみならず、この立憲的ファシズムが部分的に現わす自由主義的な擬態も亦、人を迷わせるものだ。と云うのは、このファシズムが特に直接行動的乃至ミリタリスティックな日本ファシズムに対立する場合に発生する現象のことであって、重臣ブロックや政府による機関説排撃の〔擬態〕や蔵相の健全財政や統制派やの背後に見られる一種の「自由主義」〔が夫だ〕。之は元来何等実質をもつ自由主義ではないのだが、随時に起きる抵抗物の影のように副作用的で随伴的なものであるのだが、世間ではその後ろに、何か実質のある自由主義が控えていると幻想するのである。無論之は到底、自由主義としては捉え得ないものなのだが。――一般に今日の自由主義は資本制胎動期のデモクラシーとは異って、小市民の、而も多少とも知的能力に富んだ小市民層の、イデオロギーなのだが、現在の所謂「デモクラシー」の方は、自由主義とは異って、露骨に、地主・ブルジョアのイデオロギーなのである。而も夫が、零細農の存在と又それのプロレタリアへの転化とを〔基本条件〕とする日本の資本制の特殊性に基いて、中農・小商人・其他の利害意識と連絡をつけることによって、一種のファシズム・イデオロギーとなるのである。
現在の自由主義の第三の理論的動機は、文化上の自由である。之を仮に「文化的自由主義」と呼ぼう。之は文化の進歩発達、ヒューマニティーの発揚、人格の完成、等々の内に、自由の最後の哲学的根拠を見出す。これは文化的インテリゲンチャに特有なイデオロギーであって、彼等の手によって思想体系を与えられ、彼等の利害を代表し、彼等の手によって運動の形に移される。転向文学から純文学、通俗文学(菊池・久米の如き)を含む文学動向(大衆文学は別だ)は、今日何と云っても有力な社会的運動だが(同人雑誌の数を見よ)、この文学こそは今日の文化的自由主義の牙城である。そして之に平行し得る各種のブルジョア観念論哲学(西田哲学・人間学主義・其他)がまたそれだ。ニーチェやキールケゴールやハイデッガーも日本では、ファシズム哲学としてではなくて、正に文化的自由主義の哲学として受け取られているのを注意すべきだ。
だが日本の文化的自由主義は、文化的ではあるが決して自由主義としては貫徹していないと云わねばならぬ。と云うのは、夫と政治的自由主義との間に現在何も関係がないのは別としても、この文化的自由はそれ自身の政治的追求とさえ何等の関係もないのだ。この点フランスに於ける進歩的自由主義文学者の動きとはその揆を一にしていない。日本の文化的自由主義は、著しく文学主義的だ。行動主義は遂にこの限界を出なかったし、学芸自由同盟はまだ眠っている。
さて例の立憲的ファシズムは無論論外だが、例の気分的自由主義、体系的自由主義、又この文化的自由主義は、唯一の科学的な社会主義であるマルクス主義に対して、夫々、気分的に、思想体系的に、又文学的に、反対し又はギャップを感じている。之等のものの進歩性の測定は、今日の社会主義の実際問題の一つであるのだが、進歩の観点から云って原則上一等有望なのは文化的自由主義だろう。夫が政治的自由主義でない限り政治上の科学的(唯物論的)社会主義と直接に撞着する必然性をもっていないからだ。次に有望なのは気分的自由主義だ。之は政治的自由主義ではあるが、気分は原則的には尊重されるべきものではないから、大した困難はない。一等有望でないのは体系的自由主義で、科学的社会主義にとっては問題が同じ社会主義という身近かにあるので、却って直接に撞着するものを持っているのだ。この点キリスト教社会主義や無政府主義もそうだろう。だが、この自由主義はマルクシズムに取っては、無政府主義やキリスト教社会主義以上に、社会的運動としては微力なので、之は今の処、さし当り大した問題とはならない。無論この自由主義に対する批判を以て、自由主義全般の、又は自由主義の実質の、社会主義的批判だなどと考えてはならぬ。
二
今日の所謂「デモクラシー」=立憲議会制の所謂自由主義なるものの本質が、一種の(立憲的)ファシズムに他ならぬことはすでに述べた。之はブルジョア的地主的政党もが担い手である処の一種のファシズムだが、併し彼等が地盤とする処は必ずしもブルジョアジー自身でも地主自身でもない。必ずしもと云うのは、一般にファシズムは独占・金融資本の必然的な社会的政治的体制なのであって、現実的には、大ブルジョアジー自身(従って又大地主自身)の利害を代表するものであり、その限り地主ブルジョアをその地盤とするのではあるが、併し一般にファシズムに特有な一性質として、この現実的な地盤がその観念上の地盤とは社会層を異にしているのだ。それでこの一種の政党的ファシズムは、普通選挙に見られるように、平均的な(政治的知能に於ても平均的な)中間層の利害を代表するかのように、中間層自身によって考えられている処のものなのである。否、中間層は自分の政治的利害をその経済的利害と全く別に考えているほど、この政治的利害という政党政治的結果を実は信用していないので、そこで一種他動的な普通選挙的通念を通じて、無意識に、この政党即ちこの政党ファシズムを、支持したり又はそのファンになったりさえするのである。
政友会は周知の通りより多く地主的政党であり、民政党はより多く資本家的政党であるが、その現実的な地盤を異にするに相応して、この観念的な地盤をも亦異にしており、前者は農業人口中間層(即ち所謂「農村」)の、後者は商工業人口中間層(即ち所謂「商工業者」)の観念を選挙母胎にしている。従ってそれだけファシズムとしての外貌に相違はあるのだが、夫は事実大した相違ではない。例えば一方が国体明徴(尤も之はもっと他のファシスト層からの借りものだが)・積極財政(之も実は虎の威を借る狐だ)と行けば、他方は国防・財政・産業の三全主義と行くだけの差だ(一九三六年二月中旬の事情)。
第二のファシスト層は官僚乃至新官僚である。新官僚は岡田内閣以来特にやかましくなった存在だが、併し之は単に日本の官僚自身の元来の特色が非常時的に強調されたまでで、官僚の本質以外に新官僚があるのではないから、今日官僚と新官僚とを原則的に区別することは無意味だろう。日本の官僚は(軍官は後に云うとして)封建的乃至半封建的な勢力とブルジョアジーとの漸進的一致の線に沿って発達して来たもので、今日之が純正ブルジョアジーに対する半封建的分子として頭を再び擡げて来たことが、所謂新官僚ということであり、夫が官僚的ファシズムの政策に他ならない。政党的ファシズムは形式的には(普通選挙的に)、下からのファシズムの体裁をもつわけだが、この政党自身が社会の支配的上層の出身だから、之は実は云わば上層からのファシズムと云うべきだろう。之に対して、官僚ファシズムは上部からのファシズムとでも云うべきものだ。――無論之も立憲的ファシズムの一種である。ただ政党的ファシズムと区別され、更に又之に対立する点は、政党的ファシズムが立憲〔議会〕制を、社会的に形式化形骸化したに対して、官僚的ファシズムは之を更に法制局的に脱脂しようと企てる点にあるのである(この対立によって例えば内閣審議会・選挙粛正・〔司法〕権のファッショ化・等々が発生する。――そしてこれに対しても亦微弱な「自由主義」が叫ばれる!)。
政党的ファシズムは中間層の利害を代表するかのように(それは言葉の上では日本帝国の利害となる)見せかけながら、実は政党自身の、即ち地主・ブルジョア自身の利害を代表することを大いに自覚している。処が官僚は、職業団体ではあっても利益団体ではない処の、国家の公然たる使用人だから、官僚的ファシズムはその担い手自身の利害としては直接には自覚されない(高級官吏とブルジョアとの事実上の連絡は問題外として)。そこに官僚的ファシズムの一種の道義的自信が、一種の大義名分振りが存するのである。――だがこの大義名分にも拘らず、その大義名分道徳の体系は、ここでは極めて貧弱だ。単に個人々々の思いつきで、或いは農本主義とか(後藤内相)或いは「邦人主義」とか(松本学)を唱えるだけで、事実一向にまとまりがない。政党政治家も亦、彼等が地主・ブルジョアの代弁者であるにも拘らず、一向思想的に纏った雄弁家ではない。現にその合言葉一つ見ても、大抵借り物なのだ(前にあげた例の他に、「明朗」とか「挙国一致」とか等々の他愛もないフラーゼ)。
ミリタリー・ファシズムになると、この大義名分的思想の原則は極めてハッキリしている。軍部少壮分子の内には北一輝其他の政治思想体系などが行なわれるが、そういう理論的体系は大義名分思想には必要でなかった。ここではただ忠君愛国の四字に凡ての思想は集約される。だが軍部のイデオロギーがここまで集約されるには随分色々の経歴を有っている。かつては農村主義(都市反対主義)や国家統制経済主義や、甚だしいのはヘラクレイトス式「闘いの哲学」まで持ち出された。だが夫はいずれも国防至上の精神からであった。今では、かつての高橋蔵相の予算閣議に於ける声明に対する陸軍の反駁文に見られるように、大事なのは何より国防であって、農村問題や統制経済というような財政産業の問題は之を基礎とした内閣の責任であって〔軍部の知〕ったことではないという処にまでこのイデオロギーは発達して来たのである。
このミリタリー・ファシズムのイデオロギーは各種軍人(主に現役在郷の将校)を担い手とするものであるが、その一応の職業的利害は別として、この社会層自身の真の利害を代表するものではない。このイデオロギーの観念的地盤は農村都市の平均的人口の可なりの部分を占めており、在郷軍人・青年団・青年学校生・其他だけでも莫大な人口数に上るが、無論この分子の利害を直接に代表したものでないことも明らかである。――そしてこの思想の運動形態に就いては今は多くを語る必要がないほど知れ渡っている。
軍部の非常時的動きを動機として群生したものは、右翼国粋反動団体的ファシズムである。五・一五事件直後、この種のファッショ団体は急激に増加した。之は初め従来の国粋反動団体の延長として発生した観があるのであり、従って、本質的にも綱領上でも又メンバーの身上から云っても封建的な勢力を基礎としていたし又いるが、それにも拘らず、極めて多数の団体は、資本主義(或いは寧ろ資本家)打倒の綱領をかかげた処の、国家社会主義の形をもっていたことは忘れられてはならぬ。だから之は明らかに立派なファッショ(但し後に述べるような日本型の)だったのだ。ファシズムの国際的共通性は、初め資本主義打倒のスローガンをかかげて科学的社会主義に対する反対勢力を結成し、やがて次第にこのスローガンをぼやかし、遂に全く反対な効果を有つスローガンにすりかえることだ。――でこのファシズムは日本の特殊形式のファシズムの内でも、比較的イタリヤやドイツのファシズム典型に近いものであって、その社会的結束や私兵的活動や、又非立憲的〔直接〕行動やが、それを特徴的に物語っている(〔少壮将校ら〕の内にも一時はかかる諸活動のハッキリした徴候が見られた。例えば議会制度に対する極度の反感・命令系統の混乱など)。之は従って、一応下からのファシズムなのだ。尤も理論的に精密に云えば、本当の意味に於けるファシズムは、決して本当に「下から」のものではあり得ないのだが。
日本的ファシズムのイデオロギーを一時一等華か(?)に展開したのは、右翼国粋反動的ファシズムであった。それにも拘らず、初めこのイデオロギーは、その一つ一つを取って見ても理論的に一向体系的真実を持ったものでもなく、まして全体を統一した世界観の構造などは持っていなかった。精神主義、農本主義、日本国民主義、アジア主義、東洋主義、正道主義、其他其他に分裂して帰する処を知らなかった。処がこの勢力が外見上多少下火になると共に、各種ファッショ団体の整理統一と併行して、やがてそのイデオロギー自身の統一化が齎された。夫は皇道主義を経て遂に国体明徴主義にまで帰着したのである。之をシグナルとしてファッショ団体の統一と思想原則とが略々形をなした。だが併し、ここまで帰着して見ると、之はもはやただの一つの言葉でしかないのであって、何等の体系的思想でもないというわけである。この点でミリタリー・ファシズム・イデオロギーと全く似合いの夫婦となったわけだ。ただ吾々はこの際と雖も右翼思想団体のこの統一運動と平行して生じた処の、右翼愛国主義的労働組合の発達を見逃してはならぬ。日本産業労働クラブや総連合の動きがその例だ。
一体ファシズムは現実的地盤と観念的地盤とが喰い違っていて、従ってそのイデオロギーは特別に観念的であり即ち又特にイデオロギッシュなのだが(もっと正当にはデマゴギッシュと云った方がいいかも知れない)、処がそのイデオロギー自身が他の意味で凡そイデオロギーの資格を欠いている。思想として現に何等の筋の通ったシステムを持てないのである。
(最後に、前にも触れたが、世間では単に統制経済を指してファシズムと呼ばないではないが、云うまでもなく之はファシズムの政治的にはごく微弱な特色でしかない。経済的には夫が如何に金融・独占資本と直接関係があるにしてもだ。)
さて、以上述べたようなものが、今日の日本ファシズムの各様相であるが、では日本的ファシズムとは如何なる特色を有ったファシズムか(夫が一種のファシズムであることに就いては、もはや問題はないと考えていいと思う)。――日本に固有な封建的残存勢力(之には無数の重大内容が含まれている)を基礎条件とすることによって初めてその上にファシズムの一般的条件を打ち立て得た処のファシズム、或いは、この封建的勢力がファシズムの形勢を取った処のもの、という風に概括出来るだろう。之で今まで述べて来た日本ファシズムの各様相の共通な特色が指摘出来ると思う。無論この日本ファシズムの一般的な分析をここで企てる余裕はない、だが之こそ、社会科学にとって明日からでも取りかからねばならぬ最大の実際的課題なのだ。この課題が前に云った自由主義の進歩性の検討という課題と直接に連絡していることは、述べるまでもない。つまりそこに、自由主義とファシズムとの現実的な関係があるのだ。そしてこの関係づけにこそ、今日の日本の科学的社会主義の、何より実践的な課題があるのだ。反ファッショ共同戦線、乃至戦線統一の問題がそれで、労働運動に於ても文化運動に於ても、この政治的な課題は少しづつ社会主義的に解決されて行きつつあると見るのが、最近のこの所謂反動期に於ける一種の進歩性に就いての理解ではないかと思う。
今日は反動期だと云う。マルクス主義も自由主義さえも退潮した、日本はファシズムの世の中であり、又ファシズムへの道が唯一の残された方向だ、などとも云われる。だが夫は全く皮相で卑俗な通念だ。社会主義はこういう機会を利用してこそ、思想運動としての深度・身近さ・大衆化の素地を養うのだ。この素地を俟って、社会主義の政治的出発はいくど新たにされてもいいのである。
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底本:「戸坂潤全集 第二巻」勁草書房
1966(昭和41)年2月15日第1刷発行
1970(昭和45)年9月10日第7刷発行
入力:矢野正人
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